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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■入院顛末4・絶食したのに太るフシギ
 宮藤官九郎初の舞台劇、最初でここまで作りこんだ芝居が書けたらもう充分及第点だろう。生瀬勝久、古田新太、池田成志君、役者もみんな熱演。古田新太さんの歌う『どぅお〜んペ〜りでゃあ〜んす』『ゴートゥヘル横浜』の2曲は惚れ惚れするくらいの美声で、幕間に思わずサントラCDを買っちゃったくらい。生瀬さんの演技はまさに舞台でこそ花が咲く。池田君は、随分うまくなった(^o^)。山の手事情社のころは見てらんないくらいヘタだったけど、本来の柄ではない役をキャスティングされていながら、それをなかなかのセンまで見せているのである。でも逆を言えばそれはキャスティングに問題ありということなので、それも含めて河原雅彦の演出には多少首をひねるところがないではない。それに、「ウェルメイド」な芝居というのは作りこみ過ぎるとどうしても先が読めてしまうのがネックだ。一幕を見終わった時点で、二幕のオチまでの展開が全て読めてしまうのはちょっと損だった。ここはもうちょっと台本刈り込んで、ノンストップ休憩ナシで一気に見せ切った方がよかったんとちゃうかなあ。西田尚美、乙葉、野波麻帆ら女優陣も悪くないけど、ちょっと男優人に食われちゃった印象。


 帰宅して、『BSアニメ夜話/あしたのジョー』を見る。『マンガ夜話』よりも録画な分だけかなり見やすいが、1時間のワクではやっぱり言葉足らず、説明不足で、作品の捉えかたも時代の切り取り方も決して間違いとは言いきれないが一面的なものが多く、また基本的な事実の紹介も不充分で、リアルタイムでその時代を経験していない人間には分かりにくい面、誤解しやすい面がやたら多いのは難点であった。これはもう、テレビという媒体の限界だろう。
 細かいツッコミを挙げてったらキリがないから、一点だけ。
 例えば「入射光」の演出が出崎統の特徴であることをみなさんトウトウと語っておられたが、確かにそれはその通りなんだけれども、あの紹介の仕方ではそれ以前にはそういった「透過光」の演出が全くなかったかのような錯覚を視聴者に与えてしまいかねない。いかにも出崎統が「透過光」そのものの創始者であるかのように思った若い人もいるに違いないのだが、もちろんそんなことはないのである。……そう言えば、大学のころ、やっぱり『エースをねらえ!』にハマッたもともとさほどアニメファンというわけでもなかった知り合いが「あれって、ホンモノの光を使ってるんですってよ!」と興奮して言ってたので、「いや、昔から東映動画でもホンモノの光は使ってたけど」と教えて、シラケられたことがあったが、「本物の光を使って」という言い方をすると、どうしても「じゃあそれまでは本物の光を使ったことはなかったんだ」と勘違いされてしまうのである。せめて「透過光そのものは昔からあったけれど」のヒトコトがほしかったところだけど、当然みなさんご存知であっても、そこまでは気付かなかったんだろうなあ。
 そんな細かいところ気にしなくても、と仰る方もおられるかもしれないが、これ、アニメ技術の発展史の根幹に関わる問題なんで、決して瑣末なところに拘った揚げ足取りの指摘じゃないのよ。
 まあ全体としてはやっぱり10代、20代の若いアニメファン向けで、語られる情報も少なくてどうにも食い足りないんだけれども、だからこそ若い人もあれを見て安易に「へええ、そうだったのか」とか関心して終わりにしないで、自分で『あしたのジョー』を見たり、当時の資料とか批評とかも博捜して調べたりして、もっと多角的な見方をしてほしいなあと思うのである。あれは別にアニメの検証番組じゃなくてただのトークショーなんだから。ああいうので昔のアニメを「見た」「わかった」気になられてもちょっとねえ。それじゃ「あらすじで見るナンタラ」になっちゃうからさ(それで平気って人が増えるのは困るのである)。


 ネットでいろいろニュースを見ていつたら、この3、4日の間にもいろいろ面白い事件は起こっていて、みやむーに子供が出来たり、大五郎が密輸してたり、ウィリアム・ピアスンが死んだり、水上勉が死んだりしているが、とても全部には触れていられないので、省略しますが悪しからず。

09月08日(水)
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