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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■博多人のワルクチ
 お互いの話を聞いていた人は、二人の言葉をマに受けて、この夫婦は仲が悪いのだ、と思いこんでいた人も結構いた。いつかリコンするんじゃないか、と思っていた人もいたようである。私も子供のころ、母に「そんなにイヤなら別れたら? ボクは気にせんよ」と水を向けてみたことがある。母の返事は「(別れると)商売に差し支えるからせんよ」というものであった。見栄だけでつらい夫婦関係を続けて行くこともなかろうに、と私は母の思考が理解できなかったが、今思えば、それも母の「照れ」であったのだ。
 父の浮気に腹を立てていなかったわけではない。「いやらしい」とか、悪口も全部本音だろう。母は、ウソはしょっちゅうついていたが、姑息なウソは大嫌いだった。けれど、夫婦の仲はそれだけで左右されるものではない。今日、父がしみじみと呟いていたのは、「お母さんは、『別れるくらいなら最初から結婚せん』って言いよったなあ」ということである。ケンカしていながら、最後はそのセリフで終わるのである。私にとっては、両親のような夫婦関係の方が、「サザエさん」的な夫婦より、よっぽど“普通の”夫婦らしい。
 頼むから、佐賀とか大分とか長崎とか熊本とか宮崎とか鹿児島とか、そういうド田舎から来といて博多人気質に文句つけるような野暮なことはやめてほしいのである。いや、福岡でも博多以外は全部田舎なんだけどね。……じゃあ、博多人が博多のことを都会だと思ってるかと言うと、全然そうは思っていないのである。なんだそんなの意味不明じゃないか、と文句つける人は永久に博多人の機微はわかんないから博多に来るな。

 株券を売却するために、母の戸籍を取り寄せてみて判明したことであるが、母方のヒイヒイ爺さんの名前、「亀太郎」であった。わあ、まさか自分の先祖の名前をペットに付けていたとは(付けたのはしげだけど)。明治の初めか江戸のころの人だろうが、当然「デバガメ」事件よりは以前の生まれであろう。そうでなきゃ、ちょっと外聞の悪い名前だものなあ。もっとも、ムカシの人はそんな「名前が同じだから世間体が悪い」とか、特に気にしない人も多かったかもしれないが。世間サマを気にするような「中流以上の家庭」が増えていくのは、やはり戦後の風俗なのである。
 デバガメの語源(池田亀太郎という明治期の覗き魔の仇名)が世間から忘れられていったのも恐らくは戦後以降のことだろうが、「亀太郎」という名前が流行らなくなったのは、別に「デバガメ」を連想するからではなくて、単に動物の名前を流用すること習慣自体がなくなっていったためだろう。……ムカシは女の人でも「おクマさん」とか「おトラさん」とかいたのにねえ。

 父のマンションの近くのウェスタンの店で食事。
 しげは生ビールをジョッキで二杯、飲み干してしまったので、酒が抜けるまで運転できず。父のマンションで、しばらく夕涼みして帰る。その間、父は焼酎を飲みっぱなし。糖尿はどうなった(~_~;)。
 こないだまでは、8月いっぱいで仕事を引退すると言っていた父、姉のことが心配なのでやっぱりもう少し働く、と言い出す。もうちょっとだけ続くんじゃって言って20巻以上続いたマンガみたいだなあ(^_^;)。
 まあ、働けるのなら働けるだけ働いたらいいとは思うが、やめるのやめないので姉のほうが振り回されてやしないかと思うと、そちらのほうが心配なのである。


 今日読んだ本。
 マンガ、西原理恵子『サイバラ茸』3巻。


 いま、最もつまらないミステリーマンガの一つ、金成陽三郎原作、山口譲司作画の『ミステリー民俗学者 八雲樹』が、10月15日からテレビ朝日系金曜ナイトドラマ枠(金曜・午後11時15分)でテレビドラマ化。テレビ局って、ホントに企画力ないのな、とゲンナリしてしまうが、主役を聞いてまた頭を抱えた。なんとあの及川“ミッチー”光博である。連続ドラマの主演は初めてだとか。
 しげは「王子さま」のころからミッチーのファンである。「王子さま」と言われれば、「カレー」か「ミッチー」を連想する、というくらいの熱の入れようで、間違っても、テニスのうんたらかんたらではない。

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08月13日(金)
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