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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「目には目を」じゃ、なぜダメなのか? そっちの方が疑問。
子供たちは幼いけれども馬鹿ではない。オトナのリクツはわからなくても、自衛隊のイラク派兵で、彼らが「死ぬ」可能性があることなどは承知している。人間の命なんて、何かコトがあれば紙切れ以下の価値もないと判断されてしまうことくらい、とっくに知っているのだ。それで「命の大切さを」なんて言われたって、そんなの偽善にしか聞こえまい。
「馬鹿にされた」くらいのことでムカツき、キレるようになったのは、子供ばかりでなく、いい大人も既にそうである。「ムカツク」を流行らせた後藤久美子がもう30代だから、切れやすい世代はもう、社会の中枢にまで入り込んでいるのだ。ムカツこうがキレようが、それ自体、「自己の権利」だと勘違いしてきた世代が世の中狂わせてきたのではないのか。理不尽な目に合って、それで腹を立てないのはおかしい、と仰る方もおられようが、腹を立てるなと言いたいのではない。「怒る」ことと、「ムカツク」こと、「キレル」ことは、その質が全く違うのである。
またぞろ博多を持ち出すか、としげに文句を言われそうだが、もともと博多弁には怒ったことを表す言葉としては、「腹かいた(腹が立った)」しかなかった。常にそれは「過去形」のみで使われ、「現在形」は存在していない。つまり、「怒る」という感情に持続性はなかったのだ。
「怒る」「腹が立つ」という共通語にしたところで、これは人間的な感情の発露であって、「ムカツク」ような内面に向かって鬱屈するようなものではなかったし、「キレル」は神経の破綻でしかない。もう、そのあたりの識別もつかない連中が、「ムカツク」ことも「キレル」ことも当然といった顔をして闊歩するようになったのだ。なんでそんなやつらを「人間扱い」してやらなきゃならんのか、と思うのだが、ナカミが畜生でも、人の皮をかぶってる以上、この社会では「人権」とやらが発生するようになっているのである。人は人を差別するようにできてんだ、その程度の悪口でキレるな、少しは堪えろ、その軟弱な精神、元から鍛えなおせ、と言ったところで通りゃしない。正直な話、「畜生どもは屠殺してしまえ」くらいは言ってやりたいのだが、そんなことを言えば、既知外扱いされるのはこちらの方なのである。
でも、だったら、ムカツク、キレル子供たちをどうにかできる有効な方法とやらを、「人権派」の方たちは具体的に提示できるんですかね。できもしねえのにスローガンだけ掲げてる連中が一番のガンなんで、まずはこいつらから「粛清」しないとどうにもならんという気が最近はとみにしてきたんだけれども、これも「危険思想」ですか。
07月07日(水)
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