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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■記録の魅力/『ロケットマン』6巻(加藤元浩)
だから、舞台の林芙美子は、意固地で、自己本意で、恨みがましく、韜晦ばかりしていながら、決して醜くはない。ラストで老醜(と言っても亡くなったのは47歳なのだが)を演じながらもかわいらしく、哀れなのである。
史実の林芙美子は、執筆による過労が持病の心臓弁膜症を悪化させ、夏のある日、雑誌の取材で銀座でうなぎを食べた直後、心臓発作を起こして亡くなっている。舞台の林芙美子は直接その死は描かれていないが、誰もいなくなった自室で文机に持たれかかるようにして眠る。終生、孤独の影から逃れられなかった彼女の人生を思う時、やるせなさは募るばかりである。
「虚によって実を語る」菊田一夫の面目躍如と言ったところだろう。
ついでだけれど、菊田さんの手によって名前は変えられているが、登場人物が実在の誰に当たるかを次に記しておく。
香取恭助→岡野軍一
日夏京子→友谷静栄
伊達春彦→田辺若男
白坂五郎→上田 保
福地 貢→野村吉哉
藤山武士→手塚緑敏
村野やす子は、平林たい子、壺井栄などのイメージが重ねられているようである。
女給仲間の悠起、浅子、君、とも子、あけみらは、『放浪起』中に名前の散見する、初、秋、八重、由、俊、計、君、みき、といった女性たちをモデルにしていると思われるが、誰が誰に比定できるものでもなく、また、これらの名前自体が本名かどうかも、定かでない。まあ、文芸研究かならずば、モデルが誰かということは、舞台を楽しむ上においてそんなに気にすることではないのであるが。
1600回の舞台を終えた森さんの挨拶は、「1600回という節目でございます。嘘は言いたくない。すごく不安だったんです」というもの。自分がそこまで一定のレベルの芝居を維持できるのだろうか、という不安もあったと思う。一回一回のお客さんの評価に晒されているプレッシャー ――というよりは「恐怖」―― に堪え続けた気力、体力はいかばかりか。
森光子、今もなお旬か。驚嘆すべし。
飛び石連休の狭間だったせいか、昼ごろからからだがすごくダルくなってくる。昼間クスリの副作用で眠くなるのはいつものことなのだが、立っているだけでふらついてくるのはちょっと辛い。
それでもなんとか仕事こなしてるから、自分でもよく頑張ってるなあと思うんだが、見た目は単にくたびれて青息吐息なだけだから、ダラけてるようにしか見えないのである。
やっぱりこれは痩せなければならない。デブだと、どんなに努力しても、この世の中ではマトモに評価してもらえないのである。20キロ体重を落とすだけで、世間のまなざしは変わるのだ。
外見で人を判断するなったってなあ、判断する阿呆の方が世の中の大半を占めてるんじゃ、文句つけても詮無いだけなんだもんねえ。
夜、グータロウ君から電話。
何か急用かと思ったら、「いや、しばらく書きこみとかしてなかったから」とお詫びを兼ねての連絡とのこと。
全く律儀だなあ、と思ってたら、「で、今、『ガドガード』見たんだよ」。
いきなりその話題かい(^_^;)。
動きは確かにいいんだけれども、キャラクターの整理はできてないし、なんか『ビッグ・オー』の二番煎じみたいな感じだし、あの運送屋って設定をうまく生かせるならモノになるかもしれないけれども、今のところはまだまだ未知数、といった評価。これはまあ私もだいたい同意。ヒロインの女の子がかわいいからとりあえずは見てやろうとは思うけれども、DVDまで買うのはちょっと控えたいところである。
あとはもう、グータロウくん、『座頭市』の感想を怒涛のごとく語る(^_^;)。ヤレ、画面に空気が流れてないの、殺陣にタメがないの、おハナシが浅草軽演劇の構成そのまんまだの、大楠道代の使い方間違ってるのと、貶しまくることったらない。「一度オーソドックスな映画作ってみろよ、それがたけしのためだよ」と、おまえたけしの親戚かなんかか、みたいな言い方までしてたが、聞く人によっては、彼のこの言い分に異義をとなえる人もいるだろう。確かに「知らない人間」には誤解を招く表現ではある。
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09月22日(月)
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