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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「よろしかったでしょうか」の謎/映画『ソラリス』/『ウエスト・ウイング』(エドワード・ゴーリー)
 「大手ハンバーガーチェーンの各店の店長がアルバイトに客の注文をしっかり確認するよう指導し、『ご注文は××でよろしかったでしょうか』という接客敬語を口伝えで教えている」などと説明しているところもあるが、マニュアルもないのになぜそんな言葉遣いを徹底させられたのか、これも納得の行く説明にはならない。。マニュアルがなく、「『よろしかったでしょうか』は使わないように」と指導されているはずのしげの店でも、しげ以外の店員さんはこの「よろしかったでしょうか」を使いまくっているのである。
 学校の英語教師の能力不足のせいだとする説もある。英語などでは、過去形や仮定法を使うことでていねいな言い回しになるという表現があるのだが、バカな英語教師は、仮定法過去だろうがていねいな依頼の文だろうが、動詞が過去形になっていればなんでもかんでも額面通りに過去形で訳してしまうのだとか。つまり、“Would you mind opening the window ?”(窓を開けていただけませんか?)という英文を、「窓を開けてもよろしかったでしょうか?」と訳し、それを聞いていた生徒が、日本語でもそうした直訳的な表現をし始めたのではないか、ということなのだが、それだとこの表現がなぜ日常会話では使われず、ファミレスなどを中心に広がっているのかを説明できない。 
 何かの意識の変革がどこかで行われて、それが人々の心を捉えて伝播していったに違いないのである。その意識の変革とは何か。
 客が違和感を感じるのはこの語句の過去形の部分だけである。なぜウェイトレスが過去形を使うかと言えば、それは客の注文を自己確認しているためである。そしてそれをそのまま客に投げ渡してしまっているのである。「今の注文で間違いなかったかな」という自分の心の中での確認と、「以上でよろしいでしょうか」と客の確認を求める行為とが、合体してしまったことで起きている失敗なのだ。ギャグマンがによくある「心の中で思っていることをつい口に出してしまった」と同じなわけだ。自我肥大が起きると、意識のコントロールができなくなり、思っていることをブツブツ口にし始める神経症があるが、それと同じことなのだ。
 何気なく聞きのがしてる人も多いかもしれないけれど、お客さん。アナタすごく気持ち悪いことされてるんですよ。

 私がこの言葉を耳障りに感じ出したのは3、4年前である。その当時、東京でそんな言葉遣いしてる店員やウェイトレスがいるのかどうか、グータロウ君に聞いてみたが「全然聞かない」とのことであった。ネットで問いかけてみたこともあったが、そのとき寄せられた回答では、「東北の方では使われている」であった(北海道や東北地方の一部では、前提のあるなしにかかわらず「はい、××でした」のように「タ」形を用いることで丁寧さ(あるいは婉曲)を現す方言があるとのこと)。
 東北と九州で同時期に発生した言葉が、じわじわと東京のほうに伝わっていったというのだろうか。方言周圏論にも逆行している。さっきは「日常会話では使われない」と書いたが、徐々に普段の会話でもこの表現を使い始めている人間も老若に関わらず生まれ始めているのである。全くいったい何がどうなっているというのだろう。


 夕方から土砂降り。
 仕事帰りに、たまには贅沢に食事をしようと、「牛肉のサトウ」で食事。どれくらい贅沢かと言うと、二人で食事をするとお札が一枚吹っ飛んじゃうのである。なんたって松坂牛だから。
 味は満足だったが、ここのウェイトレスさんもやっぱり注文取ったあと、「よろしかったでしょうか」と聞く。一瞬で興醒めしてしまうが、妙なことにそのあと「サラダバーなどはよろしいでしょうか」と聞く時にはちゃんと現在形になっているのである。過去形と現在形がチャンポンになっているというのは、もしかしたらやはりマニュアルに何か記載でもあるのか。
 だんだん、「よろしかったでしょうか?」と聞かれたら「よろしくないです」と返事してやりたいヒネクレた気分になってくるのである。
 ともかくコトここに至っては、声を大にして言いたい。
てめえの思いこみを客にぶつけるんじゃねえ。凸(-~~- )


 しげはそのまま仕事へ。

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07月18日(金)
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