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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■すっ飛ばし日記/リズムな男の死
「ことの起こりは(7音)夏の朝(5音)、七月の(5音)ある朝の(5音)ことだった(5音)。朝日はもやの(7音)間から(5音)、早くも顔を(7音)出していて(5音)、舗道にじっとり(7音)置いた露は(6音)、すでにかすかな(7音)湯気を立てている(8音)。」
七五調を基調に、音を漸層的に重ねながら畳みかけるようなリズムを作り出していることがおわかりいただけようか。
これがもともとの日本語ではなく、翻訳文なのだから恐れ入る。部分的には意訳も行われているのではないか。
これだけでは納得いかない方のために、もう一例。
パット・マガーの『探偵を探せ!』(創元推理文庫)の冒頭である(ちなみに、本作の原タイトルは“Catch me if you can”。最近も同じタイトルが映画に使われたねえ)。これは、『蘭』ほどに七五調に拘ってはいないが、別の意味で短い音の組み合わせが単なる情景描写以上の効果を生み出している。
> 九月末のその夜、魚網荘の二階正面の寝室を窓からのぞいたら、胸打たれるような家庭的な光景が目に映っただろう。暖炉にちょろちょろ燃える薪の薄明かりで、旧式な四柱式大寝台に横たわっているフィリップ・ウェザビーと、そばの小さな揺り椅子に腰をおろしているその妻の姿が見えたに違いない。よくよく見れば、フィリップの頬が紅潮して息苦しそうなところから彼が病気だということはわかったろう。それにしても、見る人間が男だったら、チクリと羨望の念を禁じえない――その女の心配そうなまなざし、ときどき夫の額に汗ばんで垂れかかる髪をかき上げてやるやさしい手つき、「眠るのよフィル、眠りなさい」と呟く彼女の胸の底から出る歌うような調子がうらやましくなるのだ。
擬音の使い方もうまいが、単語の選定も自然。元の単語は分らないないけれども、「まなざし」「かき上げてやる」「やさしい手つき」という言葉を、「視線」「かき上げる」「手の動き」などと置き換えてみれば、効果の違いは歴然だろう。語り手の「うらやましくなる」感覚がより読者に伝わるのがどちらか。
翻訳ってのはこうじゃないとね。
最後に、代表作、『OO7』シリーズの第一作、『カジノ・ロワイヤル』(創元推理文庫)の冒頭をご紹介。
> 午前三時、カジノの匂いと煙と汗は吐き気がするくらいだ。やがて、はげしい賭けからくる――食欲と不安と神経の緊張のあかみたいなものがたまってできた、魂のただれのようなものに耐えられなくなり、五感が目をさましてそれに反発する。
> ジェームズ・ボンドは、急に自分が疲れているのに気がついた。ボンドはいつも、心身の限界を心得ていて、それによって行動しているのだった。そのおかげで、うっかり気をぬいたり、勘が鈍くなったりするような、へまの種になるようなことからまぬかれていられるのだった。
40年も昔の訳文だけれど、なんとみずみずしいことか。
でも、ちょっとだけ気になるのは、創元版のボンドの名前の表記は「ジェームズ」なのに、ハヤカワ版の時は「ジェイムズ」と、なぜか書き分けられていること。もしかして有名な話なのかもしれないが、寡聞にして私はその理由を知らない。それぞれの出版社の意向に沿ったためかもしれないけれど、同じ訳者で表記が違うというのは何となく収まりの悪いことである。今回の訃報に関してもそこまで突っ込んで書かれているものはなかった。
『ミステリマガジン』で追悼特集でも組まれれば書かれるかもしれないけれど、こういうちょっとしたことでも、気にかけてくれる人がいてほしいものなんだけれど。
うちの中にゴミ袋が溜まり始めている。出るたびに捨てにいけばいいのだが、私もしげもすぐに忘れてしまうのである。いや、私の場合は単なるど忘れであるが、しげは、「ゴミ捨てられない病」なのである。
「だって、人に見られたら、『あいつ。ゴミ捨ててやがるぜ』って思われるし」
思わん思わん。仮に思ったとしても、それがどうだというのか。
これも視線恐怖症の一種なんだろうな。
……でも、このたまってるゴミ、ホントにどうしましょ。
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05月13日(火)
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