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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■言わずもがなのお話/『社会派くんが行く! 激動編』(唐沢俊一×村崎百郎)
今回は私としげの二人のみ。こうたろう君は残念ながら不参加だが、家族の手前、しょっちゅう芝居にも行ってられないだろうからなあ。もしギリギリで時間の調整がついたりして、当日券がキャンセルされてたりしたら、一緒に見たいんだがなあ。
雑誌『言語』四月号の「斎藤美奈子のピンポンダッシュ」で、「空襲」と「空爆」の意味の違いについての考察あり。
つまり、「空襲」は被害を受ける側からの視点での、「空爆」は加害者側からの視点での用語ってことだけど、そう言われりゃ新聞・ニュースの類、最近の戦争については全て「空爆」を使ってるな。「空襲された」じゃなくて「空爆した」なわけだね(「空爆された」という言い方もあるが、やはり意識としては加害者寄りなんである)。
なんだかこのあたりの言葉の使い方にも無意識のうちに「加害者寄り」になってる日本のマスコミの姿勢がありそうだよねえ。だから日本人そのものが「対岸の火事」を決めこんでんだから、きれいごとだけの「正論」吐いたって意味はないのさ。
唐沢俊一×村崎百郎『社会派くんが行く! 激動編』(アスペクト・1365円)。
表紙の作者表記を見て、「そうか、村崎さんの方がウケか」と思った方は私のトモダチです(平成ゴジラ『×』シリーズでも似たようなこと思った記憶があるな)。
お二人の「鬼畜対談」第2弾だが、世間の良識、キレイゴトに対して悪口雑言の限りを尽くした前作には、全くと言っていいほどクレームがつかなかったそうな。
でもこうして第2弾が出た以上は、結構な部数は売れたのだろう。読者の中に「識者」とやらが全くいなかったとは考えられないから、どうしてクレームをつけなかったかって言うと、クレームつけてかえって村崎さんにストーカーされたら怖いとか、あるいは「誹謗中傷してるように見せかけてて、実はこの人たち、社会の悪を糾弾してるんだわ」(←女言葉にしてるのにさしたる意味はあらず)、とか、勝手に脳内変換しているのであろう。
まあ、大半の読者は「キレイゴト」は嫌いだろうから、喝采を挙げていたと思うが。
「時事批評は古くなる」とはよく言われることだが、古くなっていいのである。それは「古典」になるってことだから。何度となくこの日記でも書いてるが、当時の出来事についての「キレイゴトの批評」しかなくて、「悪口」ってものが残されてないと、いったい庶民はこういう事件に対して本音でどんな感想を持っているのか、「時代の感覚」というものが分らぬのである。
現在ならこういった「悪口本」は不謹慎かも知れないが、未来ならこれはまさしく第一級の資料である。西鶴が『日本永代蔵』や『世間胸算用』を残してくれていたことが後代の研究者にとってどれだけ助かったことか。お二人にはこれからもぜひ、プライバシーの限界に挑戦してほしいものである。
特に、こういう対談本の類はあまりベストセラーになることが少ないし、なっても5年も経てばもう絶版、世間で忘れられることが多い。けれど、とにもかくにも書き残されてさえいれば、「時代の証言」として発掘することはできるのだ。唐沢さんの本が百年後の人間によって古本屋で探し出される風景って、唐沢さんにとっては本望だと思う(^o^)。
唐沢さんも面識のあったアニメ作家・宮沢みきおさんが世田谷で一家揃って惨殺された事件、あれだけ遺留品があって、どうしてなかなか解決しないのかなあ、と思ってたけど、「そういうウラ」があったのね。やっぱり新聞とテレビのニュースだけ見てちゃイカンのだなあ。
……いや、この調子で内容の感想書いてったら、結構ヤバいことになりそうなのでこのへんで。実際、小心者なんスよ、結構。
夜中にふと目覚めてテレビを点けたら、あ○○りさ○○の『らいむいろ戦奇譚
』をやっていた。前にも何度かチラチラ見てて、エンディングのケツ振り踊りに閉口してたんだが、なんか「今日はお兄ちゃんをずっと休ませて挙げる日なの!」とか言って、主人公の指揮を仰がずに、少女たちが戦闘に行っちゃうって話。もちろん少女はドジッ子なのである。
これ見て殺意が過ぎらないアニメファンはアニメファンではあるまい。
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03月19日(水)
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