ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491698hit]
■スターと役者のはざまで/『田口ランディ その「盗作=万引き」の研究』(大月隆寛編)
実際、結婚当初は本気で全く働かない、ただ食って寝るだけの文字通りのゴクツブシだったので、それを考えると隔世の感があるのである。それでもまだ全然人並になったとは言えないのだが、他人の1年を3年かけて成長するやつだから、これからもあいつが大人になっていくのを気長に待つしかないのである。
でも、考えたくないことだけど、しげの成長、もうこのへんで止まってるって可能性もあるんだよねえ(-_-;)。
晩飯はカネがないので、目玉焼きのみ。これでも醤油とマヨネーズをかけて混ぜて食うと美味い。なんとか腹が朽ちたところに、父が姉と自転車に乗って、プレゼントを持ってやってきた。
食事を一緒に誘われたが、今、食ったばかりである。……しまった、高いメシたかれるチャンスだったのに(-_-;)。……って、不況で財政の苦しいオヤジに四十ヅラ下げてたかろうって根性がさもしいのである。反省しろよ。
突然、父が、ポケットから何か平べったいものを差し出したので、「何?」と聞いたのだが、予想もしてなかったことを父は言った。
「お母さんの通帳が出て来たったい。おまえの名義になっとるけん、引き出して使え。ばってん、ちょっとしか入っとらんけんな」
そのとき私がどんな表情をしたのか、当然、自分には見えないのだからわからないのだが、多分、いつも以上に無表情になってしまったのではないか。本気でビックリすると、感情自体がホワイトアウトしてしまうのである。
父と姉は用事が済んだらサッサと帰って行ったが、取り残された私はしばし呆然自失の状態が続いた。
通帳の日付を見ると、平成6年。母が死ぬ1年前である。金額は2万円。
母ははまだ60の坂を越えたばかりだったし、体調こそ悪かったが、すぐに死ぬものとも思ってはいなかっただろう。1年に2万円ずつ溜めて行って、5年か10年経ったら、ちょっとした旅行でもしげとさせよう、くらいのことを考えていたのではないか。そう思えるのは、母が死ぬ直前に行った沖縄旅行の金10万円を、私が出しているからである。
母が死んで8年になる。最後に小遣いを貰ったのがいつだったか、もう覚えちゃいないが、もし母がまだ生きていて、本だの映画だのDVDだのと散財している今の私の様子を見たら、「余計な世話をするんじゃなかった」と自分のためにさっさと使っちゃってたかもしれない。
そうしてくれてたほうがよかったのにな。
大月隆寛編『田口ランディ その「盗作=万引き」の研究』(鹿砦社・1680円)。
内容よりもその分厚さにちょっと驚嘆。っつーか、引いちゃったんだけどね。
田口ランディは『コンセント』しか読んでないし、確か庵野秀明と対談してたときは一方的に自分の感情をぶつけてたなあ、という印象しかない。だもんで盗作がどうの人格がどうのということは特に感じちゃいなかったのだが(『コンセント』は理屈っぽいポルノだと思っている)、まあこの本、実に詳細に田口ランディの剽窃癖を暴き立てている。
そのなかには「こりゃ確かにマズいよなあ」ってものから「どこがどうマネ?」と首を捻ってしまうものまで、随分細かいところまで追求しているのだが、どっちかと言うと、田口ランディを蛇蝎のごとく憎む筆者たちのエネルギーがどこから来るのかなあ、ということの方が気になっちゃうのね。いや、盗作がイカンというのを批判するのはいいんだけど、なぜここまで粘着質的に絡みつづけなきゃならないのかって考えるとどうにもその理由がサッパリわかんないのよ。編者の大月さん、「深い理由はない」「けったくそ悪いだけ」と言い放ってるけれど、その程度のことでわざわざネット仲間に声をかけて、一冊の本まで作るものなのかね?
やっぱり動機は「嫉妬」なんだろうな、と思う。大月さんはやたら「ブンガク」に拘っている。田口ランディの小説、冷静に読んで見れば傑作とは言わないがまあ、普通の出来ではある。けれど「あの程度で作家になれるのかよ」と一旦、思いこんでしまうと、心の内に生じたジェラシーの炎をどうにも抑えきれなくなっちゃうんだろうなあ。
[5]続きを読む
03月13日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る