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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■仕事なんぞしたくもないわ/『しゃべくり探偵の四季』(黒崎緑)/『<映画の見方>がわかる本』(町山智浩)ほか
 表紙はいしいひさいち。第1弾では4コマ漫画も載せてたが今回はイラストだけである。でも多分いしいさん、本編は読んでないぞ。だって自分のホームズキャラを流用してるだけだもの。本編の保住君と和戸君は関西の大学生なのである。


 町山智浩『がわかる本 『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで』(洋泉社・1680円)。
 ウェイン町山氏によるアメリカン・ニューシネマの解題本。
 90年代以降のアメリカ映画が、単純明快と言えば聞こえはいいが、「勧善懲悪で現実逃避的な商品に成り果てた」(by.ジョージ・A・ロメロ)ことに対する反発から、以前の「革命的作品群」を評価しようという試みである。
 でもなぜか町山さん、アメリカンニューシネマの代表作と言われてる『明日に向かって撃て!』を完全無視。『2001年』もニューシネマの中に入れられなくはないけれど、一般的にはその前駆的作品として捉える見方の方が多いんだがなあ。
 どうも町山さん、評論の仕方に「偏り」が見られるんで、導き出される結論もちょっと眉に唾付けとかないといけない面があるんである。つまり、「70年代の映画作家たちは、みんながみんなエンタテインメントよりも自らの思想を表現する方向に傾いていた」という結論を誘導したいんだよ。ジョージ・ロイ・ヒル監督の『明日に〜』はそのサンプルとしては不適当なわけ。
 実のところ、町山さんが言うほどには、70年代の映画、「単なる娯楽でなく人生経験」だったと断定することは難しいと思うけどね。だいたい「娯楽」よりも「思想」を優先して語る映画ならそれ以前にもいくらでもあった。『市民ケーン』はどうなるの?
 70年代のニューシネマが衰退していったのはそこで語られてた思想が浅薄で、エロスとバイオレンスの描写の中に埋没していったからだ、という見方を私はしてるんだけど、そう考えなきゃ、現在のアメリカ映画の中から、これほどまでに「人生を考える映画」が消えて行った理由が説明できるかね。
 冷静に考えれば、誰も、ドラマの流れから行けば別に必要もないのに、ラストで男女が銃撃で蜂の巣になるシーンをシツコク描く映画なんか見たくはないのである。
 現代のアメリカ映画のエンタテインメント志向は、70年代の「時代の錯覚」から大衆が目覚めた結果だろう。目覚めたから映画がよくなったわけじゃないのが困りものなんだが。

01月02日(木)
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