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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オタク夫婦は新年に何を買ったか/映画『狂った果実』/映画『幕末太陽傅』/『おせん』其之五(きくち正太)ほか
 開店時間前だというのに、喜多方ラーメンの坂内食堂、もう長蛇の列である。パッと見ただけでも軽く5、60人は並んでいる感じだったので、諦めて別の店に回る。全く月の石を見るわけでもあるまいに、正月早々からラーメン屋に並ばんでもねえ。
 六角屋、前に並んでたのがたったの4人。いくらなんでもこの差はかわいそうなくらいである。けれど、しげも並ぶよりはこちらのほうがいい、と判断したようで、二人でラーメンを頼む。以前にもこの店に来たことはあるはずだが、前には見当たらなかった焼売がメニューに加わっている。
 頼んで食べてみると、アッサリしていて悪くない。
 しげは中華料理屋に寄ったときには決してラーメンだけでは満足せず、必ず餃子かなにか「オプション」が必要になるので、この焼売は「アタリ」であった。
 
 
 初詣に櫛田神社に回るが、やはりこの時間帯、人出はただごとではない。境内の中を参拝客が列を作って、ぐるりと経巡り、外の道路にまではみ出ている。これまた何時間待てばいいやら見当がつかない。
 出店を期待して初詣に付き合って来たしげ、タコ焼き、タイ焼きくらいしか店が出ていないのに落胆した様子。買うかどうか聞いたが、首を横に振られる。
 「あそこに甘酒があるよ」としげ。
 「欲しいの?」と聞くが、「うんにゃ」と答える。「アンタが好きやろ?」
 そう言えばずっと昔、「甘酒が大好きだった」と話したような気がするが、そんな些細な記憶、すっかり忘れていた。しげもよく覚えていたものである。
 縁起ものだからな、と甘酒とお粥(と言っても、中身は甘さを控えめにしたぜんざいのことである)を求めて、ベンチで食べる。
 しげも少しは味見を、と勧めたが、口をつけようともしない。甘い物好きのくせして、なぜかこういう日本的なものだけはしげは嫌うのだ。こういうのにも何かトラウマがあるのだろうか。
 結局、櫛田神社での参拝は諦めて、家の近所の日吉神社に回ることにする。

 境内の駐車場は混んでいるかも、と、神社から少し離れた文房具屋の駐車場に勝手に駐車。まだ元旦で開店してないから見つかる心配はないんだけど、こういうズルいことにだけはしげの知恵はよく回るのである。全く、お参りに来たってのに人間としての品性を疑っちゃうね。
 予想通り、この神社は全くヒマ。余裕でお参りして、破魔矢と御神籤を買う。
 しげは大吉、私は末吉。けれどしげの御神籤のほうが、書いてあることは「万事に注意を要す」で、あまり大吉っぽくない。
 しげ、去年の御神籤を枝に結んで、今年の御神籤を財布にしまう。お守りがわりに1年間持っているのだ。そんなことしなくても1年中おめでたいヤツだと思うけどな。


 帰宅して、CSチャンネルNECOで日活映画ベスト31の特集をツラツラと見る。こういう「ベストもの」になると、ほとんどの作品が昔見たやつばかり。そのわりには「こんなシーンあったっけ?」と首を傾げるものが多いんで、やっぱり映画は二度三度見るものなのだ。

 『太陽の季節』(1956)。
 年号入れとかないとタッキー主演と勘違いするやつが現われるんだよ、今どきゃな。二作を比較すると当然このオリジナル版に軍配が……と言いたいとこだけどタッキー版は見てないから比較のしようがないのであった。
 けど、長門裕之に南田洋子の演技もセリフ回しも、まだまだ「昔風」なんだよねえ。若いときからオジサン、オバサンなんだもん、二人とも。
 元祖太陽族映画でありながら、「石原裕次郎のデビュー作」としてしか認識されなかったのもわかる気がする。芝居の基本がしっかりしてる長門裕之より、デタラメな裕次郎の方がはるかに溌剌として見えるってのが演技を上手下手だけでは計れないってことなんだよな。

 『ビルマの竪琴 総集編』(1956)。

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01月01日(水)
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