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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■永遠という名の魔女/『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』40話/『ギャラリーフェイク』26巻(細野不二彦)
 人には、どんなに親しく付き合っている家族、友人、恋人がいても、あるときふと、それまでの人生を全て捨てて、どこかに行きたい、誰かに付いて行きたい、と思う瞬間があるものである。クスリをやったりシューキョーに走ったりただプイとジョーハツしたりしてしまう人がいるように。
 現実を生きる、ということは大なり小なり自分の中の何かを少しずつ犠牲にしていることでもある。それが酒瓶の中の澱のように溜まって行くのを感じる者は、それがたとえ破滅への道とわかっていたとしても、あえてその一歩を踏み出したいと思ってしまうのではないか。
 思えば、どれみはシリーズが重なるたびに「シバリ」をかけられてきていた。ぽっぷがいて、ハナちゃんがいて、いつまでもドジッ子のどれみのままではいられない。もうどれみも小学六年生なのである。
 でも彼女にはたった一つの人生しか与えられないのであろうか。本当にどれみが「生きて」いるのだとしたら、そのことに堪えられるのであろうか。
 誰もが思ったことだろう。「未来」というキャラクターは、もう一人のどれみのまさしく「未来」なのであると。
 どれみもいずれ、大人の恋をする。そのときの彼女が「未来」のように永遠の生を生きる存在になっているのかどうかはわからない。ごく普通の人間と同じく、年を取る魔女として、自分の夫となるべき人と年を重ねて行くのかもしれない。けれどそれはやはりたくさんの岐路を経てどれみ自身が選んで来た道であるはずだ。予定されていた未来などではなく。
 『おじゃ魔女どれみ』シリーズは最終的には予定調和のハッピーエンドで終わるであろう。最終回でどれみが再び未来さんを追い掛ける形で終わるとは思えない。だからこそ「40話」でどれみの「迷い」が描かれる意味があったと思うのだ。凡百の「魔女っ子もの」のルーティーンから外れることを承知で、どれみが選んだ道がたくさんの迷いの中から選んだ道であることを示すために。単に「異色作である」とか、「単発で見るとそれほどでもない」といった評価を下す人もいるんじゃないかと思うが、それこそ表層的なところしか見ていないと言えるだろう。
 これは『どれみ』における『ノンマルトの使者(ウルトラセブン)』なのである。

 未来さんの声は原田知世である。
 『幻魔大戦』『少年ケニヤ』の2作の声優経験はあるが、多分それ以外には声優として起用されたことはないのではないか。
 しっとりとして落ち付いた声で、この深みのある声は誰だと驚きながら初めは全く気付かず、テロップを見てひっくり返った。長らくブランクがありながら、なんとステキな女優に育っていたことか。原田知世が『時かけ』を越える瞬間に立ち会ってしまったのだ。
 今日は奇跡の日である。

 あまりに興奮してしまったので、できるだけ書き込みはしないでいようと思っていた山本弘さんとこの『SF秘密基地』に「な、なんだ今日のどれみはぁぁぁ!」と怒涛の書きこみ。ナカミはウチの掲示板に書いたのとだいたい同じである。
 一番感激した未来さんの「私、年上好みなの」というセリフについてはあえて触れなかった。全ての感動を書きつくそうとすることは、その感激を伝え損なうことにもなりかねない。きっと、語りたい人はいるはずだ、その人たちのために、このセリフに言及することは避けておこう。それに「もとネタ、泉重千代じゃん」なんてアホなツッコミするやつがいたらヤだな、という思いもあった。
 レスがどの程度つくか、と思ったが、一日で山本さんほかたくさんの書き込みがあって嬉しかった。やっぱり結構みんな見てたのね。私の想像通りのアホな書きこみをした人もいて、それには苦笑せざるをえなかったが(^_^;)。


 女優・范文雀さんが5日、心不全のために亡くなっていたことが8日に判明。享年54。『サインはV』のジュン・サンダース役があまりに有名だったために、若死になんだけれど「もうそんな年になっていたのか」という驚きの方が大きい。するってえと主演の岡田可愛もそのくらいの年になってるのか。私の世代の男なら、岡田可愛や吉沢京子あたりが「きれいなお姉さん」のイメージのベースになってると思うので、これもまたショックである。

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11月10日(日)
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