ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491710hit]
■探偵って卑下しなきゃならない商売なのかね/映画『トリック 劇場版』
昔の彼女の態度は美しくはあったのかもしれないが、「私は他人を差別なんかしていない」という思いこみがその心を支配していたのも事実である。どうせ偏見から逃れられないのなら、自分の「罪」を認めちゃった方が自分に正直になれると思うんだけどねえ、私が「汚らわしい」人間ならシャーロック・ホームズも明智小五郎も平塚八兵衛も薄汚い外道、とうことになると思うがね。
ヴァージンシネマズに予定の時間より20分ほど早めに到着。まだ開いている店もないので、しばらく外でぼんやり。寒がりのしげは車の中で震えている。
手持ちのオペラグラスで雲の向こうの飛行機なんかを眺めていると、しげが車の窓を開けて「貸して」と言って取り上げる。
何を見るのかと思ったら、「ああ、やっぱり! あそこにユニクロがあるよ!」と言う。私の視力じゃ見えないがあるのは間違いない。なぜなら今し方その側を通りすぎてここまで来たからである。てゆーか、何度も久山には来てるんだけどなあ、記憶力ないんか。なかったな。
やっぱりしげの知力はこの程度である。
10時を回ってようやく映画館が開く。
『TRICK トリック 劇場版』、公開初日の1回目だけれど、客は十数人程度。小学生くらいの子連れの親子もいて、この子らも深夜テレビ見てたんかなあ、今時の親は子供の夜更かしとか別に叱らなくなってきてるらしいからなあ、と、親に9時には寝るように躾られてた自分のことと引き比べて隔世の感を覚える。
相変わらずの極貧生活を送っている自称天才奇術師の山田奈緒子(仲間由紀恵)は、糸節村の青年団と名乗る二人の男女(山下真司・芳本美代子)から、自分の村に来て「神」を演じてほしいと頼まれる。300年に一度、村に起こるという災いを、神が来臨して救うという伝説があるというのだ。
金になるならと喜び勇んで糸節村に入った奈緒子だが、そこには「亀の呪い」を訴える占い婆・菊姫(根岸季衣)と、先客の「神」(竹中直人・ベンガル・石橋蓮司)が三人もいた。
埋蔵金を探しに来た日本科学技術大学教授の上田次郎(阿部寛)も合流して、「災い」の謎を解こうとした矢先、お約束通りに連続殺人事件が起こる。謎を解く鍵を握るのは奈緒子の母・里見(野際陽子)か!?
自分で書いといてなんなんだが、あらすじだけだと一見面白そうだよな。露骨に『八つ墓村』のパクリだけど。テレビシリーズでも『黒門島』とか『六つ墓村』とかやってるから、結局性懲りもなく、ということになる。
実際、濃茶の婆みたいな菊姫が出て来ても、それはパロディとして笑えるどころか、出来の悪いモジリ、失笑のタネでしかない。紹介される手品のトリックが殆ど子供だましなのは製作者も自覚していると見え、上田次郎の友人たちも糸節村の人々もみな一様に奈緒子の手品を見て白けるが、それがドラマのつまらなさをかわす効果を全く上げてないことに監督は気付いているのだろうか。「どうせつまんない手品見せて、回りが引くんだろうな」という予測がつく段階で、白けるのは観客もなのである。ギャグのレベルも信じられないくらい低いし。
「お二人の関係は何なんですか?」
「毎晩まぐわってます」(←村の方言で紙相撲のこと)
こんなギャグで笑える人間いるのか。
肝心の事件のトリック、犯人についても全くと言っていいほど意外性がない。『ケイゾク』のころはバカトリックではあってもまだ露骨なパクリは少なく、オリジナリティのあるものもあって許せたのだが、『トリック』にはそもそもミステリを構築するためのトリックというもの自体がない。監督の堤幸彦は「これはミステリではありません」と言ってるそうだが、じゃあミステリっぽいシチュエーションを持ってきてること自体、大間違いではないのか。
それに、ミステリ以前にマトモなドラマとして考えてもあちこち破綻しまくってるんだけどねえ。オープニングの伝説の奇術師・ロベール・ウーダンのエピソード(口で弾丸を受け止めるってやつね)、これが本編に殆ど絡まないのもドラマ造りってものを堤幸彦が根本から知らないことの証拠だ。
[5]続きを読む
11月09日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る