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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■妻のどこまでも広い背中/『デボラがライバル』1・2巻(多田かおる)/『20世紀少年』9巻(浦沢直樹)ほか
ヒカルの実力を確かめるためだけの当て馬にされちゃった越智、原作じゃ結構かわいそうに見えてたけれど、アニメはキャラデザインで等身が随分伸びていて、アキラに比べてすごくチビって印象がない。これ、別にキャラデザイン段階で越智を大人にしたわけでなく、単に各話作監の個性の違いにすぎないように思うんだが。本橋秀之さん、総作監の仕事をキチンとしてないのか、それともあれでもがんばって修正しているのか。
等身が伸びれば、当然「目線」も変わる。
見下ろすアキラと、見上げる越智の、その位置・角度の違いが、自然とアキラと越智との囲碁の実力の差、心理的立場の差を表現していたのに、それを平行にしちゃぶち壊しだ。こんな演出は初歩の初歩なので、どうしてこんなバカなことをやっちゃったのか、理解に苦しむ。
これまで、そんなにバカな演出は見当たらなかった『ヒカ碁』なだけに、これからのクライマックス、ちゃんと演出できるのかねえ、と心配になる。総監督のかみやじゅんさんの目も各話演出までは届かなくなっているのだろうか。
マンガ、多田かおる『デボラがライバル』1・2巻(完結/集英社文庫・各630円)。
多田さんの死去は本当に突然だった。
そんなに追っかけてたってマンガ家さんでもないのだけれど、『愛してナイト』の文庫版あとがきで、「トシをとっても、ダンナと子供と、一緒に暮らしてられたらいいな」と書かれたわずか一年後の死である。神様はいないねえ、としか言いようがない。
今でこそ、少女マンガのヒーローがバンドマンでロックやってて、なんてのはありふれてるけれど、先鞭をつけたのは『愛してナイト』だったと思う。
少女マンガを中心に読んでたわけじゃなかったから、門外漢の感想でしかないけれど、それまでの「憧れの君」ってのが、スポーツマンで品行方正でってな感じだったのが、亜月裕の『伊賀野カバ丸』あたりで崩れて、そのあとに来たのが『愛してナイト』ってイメージが私にはある。
お世辞にもアニメ版のビーハイブの歌は上手いとは言いがたかったけれど、アニメ発のロックってのはやはりエポックメーキングとして評価しておくべきだろう。作者にそんな意図はなく、自分の好きなものをそのままマンガに描いたただけだとは思うが、そういう「自由の風」が、旧態依然として見えていた少女マンガの世界にも吹き始めていたのだろう。
『デボラ』も、ヒロインの惚れた相手が「おかま」(「ホモ」って表現はまだ避けてるなあ。裏表紙の内容紹介では「ビジュアル系」って書いてるけど、そりゃ違うでしょ)だったという、少女マンガとしてはかなり「冒険」的なストーリー。しかも最初は女嫌いだったのがだんだんヒロインの朝代に惹かれていくのだから、これはもしかしたら日本初のバイセクシャルを扱ったマンガかも?(エロマンガにあるかもしれんが詳しく知らん)これ、題材の斬新さ一つ取ってみても、もっと注目されていい作品なんじゃないかな。
くらもちふさこと聖千秋による対談解説では、デボラのモデルになった人が実際にいたようである。普通の少女マンガ家だったら、たとえどんなに身近に魅力を感じる人がいても、これはちょっとマンガには……と引いてしまうところをあっさり描いてしまうところに、自然と多田さんの人柄が忍ばれる。聖さんが「人間に対するキャパシティーが広い」と言ってるのもそのあたりを指しての発言だろう。
マンガとしては、設定やキャラクターは面白いのだが、連載は単発読切の断続掲載形式だったらしく、エピソードとエピソードの連関性が薄いのが弱い。
朝代とデボラを取り合うライバルになるかと思われたいかにも和風美少女の亜樹とか、隣室のお堅い公務員のメガネさん(でも実は美形)の杉本さんも、自由奔放なデボラを振り回せるグラマー美女の片貝先生とか、いいキャラたくさん出しときながらほとんど一発キャラで再登場しないのだもの。もったいないったらありゃしない。アニメ化して、間のエピソードを埋めるようにして一年間くらい放映してほしいくらいのものだ。
そういえば、この作品、吉川ひなの主演で映画化されている。
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07月03日(水)
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