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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■天動説健在/『ブレーメンU』3巻(川原泉)/『殉教カテリナ車輪』(飛鳥部勝則)ほか
 確かに『百鬼夜行抄』などは扱っている題材は狐狸妖怪の類であっても、ミステリとしての骨格を供えていることは確かなので、間違いとは言いきれないが、適切な惹句とは言い切れまい。
 ましてや、この話は中国かペルシャあたりを舞台にしたファンタジーだから(もっとも作者ご本人は「インチキファンタジーだから時代考証要らないしなんでもあり」とか言ってる)、ミステリと銘打つのはちょっと違和感がないでもない。

 水乞いの儀式のために河伯に捧げられる12歳の孤児の少女、スリジャ。けなげにもその役目を受け入れ、馬にも船にも乗らず、自らの足で遠い河伯の住む川へ旅をする彼女と、その護衛として付き従う鬼人エン。
 今さんの描くキャラにはどこか「遠い目」をした人が多いのだけれど、それは彼ら彼女らの見つめる未来が、常に一種の「異界」であることに起因しているからなのかも知れない。形骸化して、果たして本当に水乞いが叶うかどうか術を知る方士にもわからぬのに、スリジャは「誰からも必要とされなかった私に、誰かを救えるかもしれない」とただ前を見つめて歩く。そして、その大地を踏みしめた一歩一歩の足跡から草が生え、川が生まれる。
 この結末はなかなかに寓意を含んでいる。
 まるで高村光太郎の『道程』だが、彼方を見つめるスリジャには、自らが作った川を振り帰ることは決してない。
 スリジャにも幸せな未来が訪れたように今さんは物語を締めくくるが、多くの童話のハッピーエンド、「お姫様と王子様は幸せに暮らしました」というのが、実は我々の世界から遠く離れた異界へと物語の登場人物たちが旅立って行ったことを示すように、彼女は決して現世で救済されたわけではなく、視点を変えれば「死」にも等しい境遇に自らを置いたことが分る。
 スリジャは一度も振り返らなかった。かつて住んでいた街のことも、そして読者にも背を向けて。そして我々はもう二度とスリジャには会えない。エンの未来は第二話、第三話でも描かれるが、スリジャはもう登場しない。彼女は彼女で「ここではないどこか」で自分自身の物語を紡いでいるのだろうが、我々に「置き土産」として残された物語はこれで終わりなのである。
 今さんのマンガはいつも「優しい」。
 けれど、それと同時にどうしようもない「淋しさ」をも我々の心に否応なしに残していく。
 「優しさ」を感じるのは、人にであれ妖怪にであれ、「ここにいてはならぬもの」とされている者たちに今さんがきちんと「居場所」を与えてくれているところだ。けれど、彼らの住む場所は常に「遠い目」の先、遥か彼方にしかない。我々の住むところにはないのだ。
 そこに行けぬ我々にとっては、置いてきぼりを食らったような「淋しさ」を覚えざるを得ない。でも、恐らくはそれが誰もが経験せねばならない「孤独」の本質なのだ。


 マンガ、川原泉『ブレーメンU』3巻(白泉社/ジェッツコミックス・630円)。
 おお! 3巻で終わってない!
 ということは本作が川原泉さんの最長作品になることはこれで決定!
 御承知のこととは思うが、川原さんという作家は、極めて繊細な心の持ち主で、もともと寡作な上に連載の中断、未完はザラで、ファンとしては連載を起こすたびに「今度は落とさないか、作者が失踪したりしないか」と半ば本気で心配しているのである。

 しかし面白い。
 言っちゃなんだが、少女マンガ家さんの作品世界って、ムチャクチャ狭い人が多くて、私の好きな作家さんであっても、「また前と似たようなマンガだな」という印象を持つ人も少なくないんだけど、川原さんは着実に一作ごとに変容してきている。
 少女マンガにありがちな恋愛ものばかりとは限らない。
 むしろ「恋愛に留まらない人と人との心の関わりあい」に作者の視点が向けられているからではないかと思うが、その作品世界はやたらだだっ広いのである。 スポーツものは『甲子園の空に笑え!』『メイプル戦記』では野球、『銀のロマンティック…わはは』ではフィギュアスケート。もちろんも巷にありふれた熱血ものなどではなく、「のほほんと一生懸命」、と一見矛盾しているようだがまさにそう評すしかない独特の川原ワールドを展開。

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06月02日(日)
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