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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■今もまだへにょへにょ(疲れてんだよ)/『開田無法地帯』(開田あや・開田裕治)
……でも最後にヒト皿だけ、500円のハマチ食ったけどな(^_^;)。
そのうちまた寿司奢るから、許せ、しげ。
今年の2月19日の日記で、神野オキナさんの『シックス・ボルト』について、批判と言うよりは罵倒そのものの記述をしたのだが、そのことについて、作者ご本人から、「現実にありえないネーミングをしたのは、実在の人間との偶然の一致を避けたからです」というメールを頂く。
正直言って、慌てた(^_^;)。
小説中の人物名については、私自身は、読者がイチャモンを付けるほうが間違っていると思っている。例えば誰かが「有久幸次郎」という名のヘンタイ連続強姦魔を小説中に登場させたとして、それが私個人を知った上で書いたことであろうがなかろうが、私は全く気にしないのである。
しかし、作者がその点に配慮した上で、自分の書く小説の登場人物にはできるだけ荒唐無稽な名前を付けようとしたのであるなら、それは作者の創作姿勢として認めなければならない。地味な名前を付けるのがいいか、非現実的な名前を付けるのがいいのか、どちらが正しいという問題ではないのだ。
この問題については、ずっと昔、社会派ミステリが全盛の頃、松本清張の小説中の人物の名前が余りにありあふれていたために、各所で問題になったことがある。都筑道夫が折衷案みたいな形で、「名字か名前のどちらかが現実にはない」という設定で、「桔梗信次」とか、「鶴巻啓子」とか、「溝呂木省吾」とかネーミングしてたが、これもよしあしがあるだろう。
だいたい、清張の小説の登場人物が、みんな「上月樹蘭」とか「鮒床朱夏雄」とか「馬場々山豹三郎」とかだったら困るだろうが、神野さんの作品はSFなのだから、目くじら立てる必要はなかったのだ。
これは完全に私の誤読なので、訂正&お詫びの文章を当該記事のあとに書きこむ。
神野さんから、更に「もう私の本は読まれないでしょうね」とメールを頂くがいえいえ、とんでもない。基本的に私は貶している作品でも実は楽しんで読んでいるのである。だって、書くことがあるのだもの(^^)。ハシにもボウにも掛からない作品よりは、ツッコミどころ、ケナシどころがある方が、断然面白い。
私の方こそ、そのことを充分に伝えられない表現をしてしまったことには忸怩たる思いがある。このへんにも私の未熟さが現われているんだよねえ。
神野さんの「小説を発表した以上、批判は甘んじて受ける」態度には感激した。当たり前のことだけど、それがプロなのだ。プロの作品を私が支持しないでいられるだろうか。
もちろん、今後の神野さんの作品を読んで、またぞろ批判したくなる可能性はあるだろうが、それは「読む・読まない」の問題とは全然、関係ないことなのである。
開田あや・開田裕治『開田無法地帯』(マイクロデザイン・1029円)。
余りにも怪獣世代には当たり前過ぎてて、作者のお二人も全く注を付けていないのだけれど、タイトルの「開田無法地帯」と言うのは、『ウルトラマン』の「怪獣無法地帯」のモジリである。あの回は、レッドキング、チャンドラー、マグラ、ピグモン、スフランと、たった1話なのに、なんと五大怪獣が登場するという、怪獣ファンには夢かウツツか幻かって言いたくなるくらい豪勢かつ大胆な話だったなあ。
……まあ、それはそれとして。
妻のあやさんが文章、夫の裕治さんがイラストを担当しているという夫唱婦随のこのエッセイ集、私には滅法面白いのだが、ちと独身オタクにはキツイのではないか(^_^;)。だって、全編あやさんのノロケでなりたってるようなものだし。もうあやさん、堂々としてて包み隠すところがないのだもの。妻帯者である私ですら赤面しちゃってどうしましょってなもんだから。
開田さんの本を買う人間は基本的にオタクであることは間違いないし、その中の独身率は相当高かろう。中の文章にもあったけれど、ヘンなヒトに狙われなきゃいいんだけどね。
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04月30日(火)
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