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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■トンデモさんが一杯/映画『カタクリ家の幸福』ほか
 「これまで宮崎監督は『少女の成長物語』を描いてきました」
 「主人公の少女『千尋』は物語の中でちっとも成長しない」
 半可通がよく言うセリフ……というか、これ、宮崎監督自身が言ってるセリフとか、他の批評家が言ってたことをを鵜呑みにしてるだけなんだよね。
 宮崎さんは、『ナウシカ』を作った時に、「なぜ少女を主人公にするのか?」と聞かれて、「現代では男に力がなくなっている、女をヒロインにするしかないでしょう」と語ってたり、今度の『千尋』についても、「今まで私が描いた少女は映画の中で成長したけれど、今度の千尋は成長しない」と語っている。
 東さんは、実はそれを「何の批評もせずに」ただ「それがよくない」と語ってるだけだ。
 でも、『ラピュタ』でも『もののけ姫』でも主役は男だし、千尋が本当に「成長していない」と言えるのかどうか。
 いや、そもそも少女にとっての「成長」とはなんなのか。
 人間にとって「成長」とはなんなのか。
 単に体が「おとな」になる、ということを指しているのではあるまい、ならばそれが「精神的成長」を指すのだとすれば、どのような状態に変化することが「おとな」だと言えるのか。
 そのあたりの基本的な洞察がなされていないから、結果的に東さんの文章は全て勘違いの連続になってしまう。
 
 「常に指図されるがままに行動するプロセスはゲームとそっくり」
 出ましたねー、「ゲーム」論。
 でもこの「ゲーム」って言葉を「会社人間」とか「全体主義国家の人間」とか「家長制度」とかに置き換えたって通用しちゃうんだよな。
 要するにいつの時代、いつの社会であっても誰かが誰かを支配し、虐げようという構図は存在するんで、別段「ゲーム」に例えなきゃならない必然性なんてないのよ。
 第一、千尋は「あの世界から脱出する」ために、まずはハクの言うことを聞かざるを得なかったわけで、最初の段階で反逆してたら千尋死んでるでしょうに。
 アホな批評。
  
 「主人公の内面の葛藤が一切描かれていないのです」
 「さまざまな困難を、幸運なハプニングやアイテムだけで解決してしまう」
 千尋がみんなが嫌がるヘドロだらけの河の神を洗ってやったり、淋しそうなカオナシを中に入れてあげたり、勇気を奮い起こして銭婆のところへ旅立ったり、の描写は、全て心の葛藤なしに、しかもただのハプニングで行ったことなのかねえ?
 第一、千尋、何度も泣いてるじゃん。
 そりゃ、心にどうしたらいいかわからないっていう「葛藤」があるからでしょ?
 宮崎さんが「千尋は成長する子じゃない」と言ったのは、「もう、あの年頃の女の子には、おとなの力が心の中に眠っていて、それが目覚める物語だ」という意味で言ったんだけどね。
 読解力のないアホが言葉を言葉通りに受け取ると、東さんみたいにトンチンカンな解釈をしちゃうことがある。
 他山の石、他山の石。

 「面倒くさい内面を必要とせず、適切に役割分担することで円滑なコミュニケーションをはかる社会へと変わってきた」
 それ、ここ最近じゃなくて、近代以前の社会もずっとそうだよ。
 日本も世界も、「人間の内面」が生まれて来たのは、「職業選択の自由」が生まれた産業革命以降だってことはハッキリしてるよ。「親の職業を継がなくてもいい」自由が生まれたから、「自分はどう生きたらいいか」ってことが人間共通の命題になったってことは社会学の基本中の基本じゃん。
 中学生以下の知識しかないのか、こいつは。

 なんだかここまでレベルの低い批評を読んだのも、例の『エヴァ』騒動以来かなあ。
 こんなアホ批評を載せた新聞の方もやっぱりアホばっかってことなのか、それとも「どうか笑ってください」ってことなのか。
 なんにせよ、こういうトチ狂った批評が生まれて来るのも、『千と千尋』が国民的なヒットになったって証拠だ。なにを言われたって、一度培った評判は、宮崎さんが少女にイタズラでもしない限り落ちはしないんだから(^o^)、どうかもっともっと、宮崎監督には大ヒット作を作っていってほしい。
 そうすりゃもっともっと世界中からトンデモ批評が寄せられて楽しいから。



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02月23日(土)
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