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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ご生誕。/DVD『ラ・ハッスルきのこショー』
二十分ほど早く着いたので、福家書店を覗いて、新刊マンガを何冊か買う。時間に余裕はあるのに心配性のしげは「間にあわんよ遅れるよ」とうるさい。何となく買い損ないがある気はするが、せっつかれて中央広場へ。
ほぼ時間通りに、エロの冒険者さん、獅子児さん、しおやさん、ぴんでんさん御集合。しかしつくづく思うが、AIQの女性率は少ない。私もオタクアミーゴスに興味を持ってくれそうな女の子の知り合いは結構いるのだが、とある事情でなかなか連れて来れない。
でも、そのうちうまいこと舌先三寸でだまくらかして連れてきたいなあと悪巧みをしているのである(^^)。
獅子児さんはビックカメラでビデオテープを山ほど買い込んでいる。これに全部、先日の公演をダビングするのだから大変だ。なんだか申し訳なくて、すぐにでも自分の分の代金を支払いたくなってしまったが、「現品引き換えでいいですよ」と言われる。
あとでサイフの中身を見たら、今払ったら今月の生活が苦しくなるところだった。いやあぶねえあぶねえ(^_^;)。やはりその場の思いつきだけで安請け合いなどしてはならないのである。
エロさんに売れ残りのチケットをお返しするが、ほんの少ししか捌けなかったので、申し訳ない。
思えらく、私のような30代、40代になろうという年代のオタクは、すでにほとんど社会人としての生活に追われていて、オタクライフを突き進むなどということは簡単には出来ないのだ。
以前、エロさんが「オトナ一人で『クレヨンしんちゃん』を見に行くのはツライですよ」と仰ってたことがあるが、実は家庭持ち、子持ちの方が行きにくいということの方が現実には多いのだ。
一人なら、恥ずかしいのはガマンできる。しかし、妻から、子から、「ええ〜っ? 『しんちゃん』なんか見に行きたいのぉ〜?」と言われてしまったら、もう見に行くなんて不可能に近い。……私も、しげと一緒に『しんちゃん』を映画館に見に行けるようになるまで、四年を要したのだ。
あの「家事よりも趣味」を実践しているしげですらそうなのだから、下手に「家庭的な妻」なんか持った日には、オタクライフが瓦解することは、火を見るよりも明らかであろう。
……だから、瓦解した知り合いばっかりなのな、私の周囲って。ああ、やっぱり若くてちょっと世間の常識から外れてるようなムスメをだまくらかしていくしか手はないかなあ。
店の名前は忘れたが(ということにしておこう)、某居酒屋で、盛り上がる。土曜の夜で混雑していて、周りがウルサイのはこの間の宴会とゴッツである。
今日はしげも運転があるので酒は飲まない。いつものようにしげが酔っ払ってクダを巻くんじゃないかとハラハラすることもないので、安心して騒げる。
先日、日記にオタアミの顛末をゴチャゴチャ書いた一件について、エロさんから「お耳に痛いかもしれませんが、先にパティオに書くようにしてください」と言われる。
いえいえ、痛くなんか全然ないです。
この日記、基本的には「ウソ」しか書いてないが(^^)、あの時ばかりは自分も責任の一角を担って参加している以上、どこまで「ホント」を書けるのかってことは、いっぺんやってみないといかんなあと思っていたのである。
ともかく本職の方で、「都合の悪いことは全部ヒタ隠し」って環境の中にいるものだから、AIQではそんなことはしたくなかった。もちろん、“私の判断において”これは書いておいた方がいい、これは書くべきではないという判別はしたが、それが適切であったかどうかは第三者の判断を仰ぐ以外にない。その前段階で自主規制は極力しない、それを基本方針としたのだ。
つまり、これはパロディにおける著作権の問題と共通することである。
自分の表現が、誰かに不利益を与える可能性を鑑みつつも、それがなされるべきと思った時、人はその表現を止められるのか。それを規制してよいということになれば、政治漫画における揶揄は弾圧の憂き目にあうであろう。
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12月01日(土)
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