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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■おトイレの音入れ。つまんないシャレですみません/『ほんの本棚』(いしいひさいち)/DVD『ゴジラの逆襲』ほか
ちょっと遊んで行きたい気持ちが沸々と沸いてくるが、しげが早く帰りたがっているので断念。……上に上がると、ラーメン横丁みたいなのも出来るそうである。食べっくらが出来るんだったら、うれしいけどね。
AMCで『ハリー・ポッター』の前売券を買う。
なんと、明後日からの「当日券の前売り」までやっていて、しかも完売。
……こりゃ、本気で『千と千尋』、抜くかもなあ。
クラブセガにちょっと寄ってUFOキャッチャーやろうとしたらしげが怒る。
「早く帰るよ!」
「何そんなに急いでるんだよ?」
「……トイレ行きたいんだよ!」
「そこの公衆便所に行けば?」
「ここのトイレ混んでるからヤだ!」
「ちょっとくらい待てるだろ」
「……待っても、音、聞かれるじゃん」
「聞かれたっていいじゃん」
「ぜええええったいヤだ!」
「ヤだったって、出るときゃ出るんだからしかたないし」
「アンタは平気なの? 音聞かれて……」
「平気だよ。男はみんなブリブリやるよ。職場でだって、人がトイレに入ってても隣のトイレに平気で入って、ブバッ、ビリビリ、ドバドバッ、バッチャーンッてやってるよ」
「ウソぉ!」
「行けよ便所!」
「行かないッッッ!」
……それでガマンしすぎてカラダ壊したらどうするんだろうね。
昔のオバチャンは道端でも座り小便してたもんだがなあ。しげが上品ぶるなんて似合わないって。
福家書店を回って本を買いこみ、「スターバックス」で買ったばかりの本を読む。
マンガ、業田良家『百人物語』2巻(講談社・580円)。
マンガ本編よりも、表紙絵の「間違い探し」のほうが楽しい……なんて言ったりしたら、作者が聞いたら怒るかな(^_^;)。
1巻読んだときには、要するに主役の「ダーク」はドストエフスキーの『白痴』のムイシュキン公爵で、純太がラゴージンなのかなとか漠然と考えてたんだけど、あまり政治的、思想的なほうには流さずに行きそうな気配だ。
公園に集まるヘンな人たち、それだけで押して行ったほうがいいなと思ってたんで、2巻も特に盛り上がるでもなく話が淡々と進んで行っているのがいい。
離婚結婚を繰り返すダークの両親、ああ、このネタも確か赤塚不二夫のマンガになかったかなあ。それともモデルはエリザベス・テーラーか、唄子圭助か? エキセントリックだけれどこの二人に一番のリアリティがあるのは、こういう「ちょっとだけヘン」って人が世の中に満ち溢れているからだろう。
コンビニで立ち読みした『週間文春』、小林信彦の『人生は五十一から』で、「『1999年の夏休み』以降の金子修介についてはもっと論評されていいのではないのか」の一文を見つけて、なんとなく首肯。
「なんとなく」というのは、それ以前のポルノ作品を見ていないからだ。
小林さんがそれらを見た上で発言しているのかどうかはよく分らない。与えられた紙数の関係もあるのかもしれないが、小林さんの文章にはこういう韜晦やほのめかしがやたらと多くて、読者としては「はっきり言わんかい!」と、多少不快になることもままある。
文章家としての小林さんは好きだが、批評家としては三流という印象がしてしまうのはそのせいだろう。言ってることの根拠がはっきりしないのよ。
というわけで、小林さんの意見に明確に同意することは憚られるのだが、金子監督の考えるエンタテインメントとは何か、ということを分析することは、「日本映画がどうしてエンタテインメントとして一本立ちできないか」ってことを考える上で重要な意味があるんじゃないかとは思うのだ。
『1999年の夏休み』は萩尾望都の『トーマの心臓』の映画化だ。
ドイツのギムナジウムを舞台にした少年愛の世界を日本を舞台に描くのは不可能に近い。萩尾望都は以前、『小鳥の巣』を「北海道の全寮制高校を舞台に映画化したい」というオファーを、「現実のそれがどんなところか容易に想像つくので断った」という経緯がある。なのに、『トーマ』の映画化を承諾したのは、少年たちを全て少女たちに演じさせるという離れ業を考えついたからだ。
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11月29日(木)
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