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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■それはそれ!/『ゲッベルスの贈り物』(藤岡真)ほか
冒頭からトリックにもなってないトリックをカマしてくるあたり、この作者、相当ミステリってものをナメてるのである。っつーか頭がかなり幼稚。
だからさあ、「犯人」をいきなり登場させてたら、そこにトリックがありますよ、と自分で宣言してるようなものじゃないの。ミス・ディレクションでタネのあるほうに注目させてどうすんのよ。
いや、そのへんはともかくさあ、これ、時代設定が1993年ってことになってるけど、この時点では絶対不可能なトリック使ってるのよ。森博嗣の『すべてがFになる』にもそういう欠点があったけど、ハナからミステリ書く気なんてないなら、「これはミステリではありません」って明記しとくべきだと思うがな。
だから、結論として、これはアンフェア以前に「インチキ」な作品なのだ。そのインチキさを楽しもうと思って読めば(つまりはトンデモ本ですわな)、まあそこそこの出来だとは言えようか。
……なのに、存外この作品、「本格ミステリ」として評判がイイらしいんだなあ。どこが?
ただのバカミスで、笑い飛ばしながら読んでやりゃいいんじゃないかと思うんだけど。新本格が流行ってからっていうもの、読者のレベルも落ちたのかなあ。
〔付記〕
六年も前の文章であるが、作者の藤岡真氏が、自身のブログでこの記述についての怒りを表明しておられるのを発見した。
それについては、2007年8月9日の日記で「訂正」を記しておいたので、こちらにも転載しておく。
>「坊主憎けりゃ(2007/07/14)
> 曝してやるぜ。
> 九州でオタクアミーゴというイベントを仕切っている藤原敬之という男が、己のHPで書評を書いているのだが、これが惨憺たる代物で、頭と性格の悪さが如実に出ている。
> これは、そいつが書いた、『ゲッベルスの贈り物』の書評だが、後にも先にも、これほど無礼千万なものは見たことがない。
> 千野帽子さんがブログの、5月29日のエントリでも言っているように、素人だからといって何を書いても許されるわけではないのだ。
> 前々から苦々しく思っていたが、いい機会なので貼っておく。
> 馬鹿が書いた文章の見本のようなものだ。」
『ゲッペルスの贈り物』の書評を書いて、ずいぶん時間が経っているのに、またどうして今更、という気もするのだが、タイトルを見て納得した。ああ、藤岡氏は私がまだオタクアミーゴスの関連者だと思っているのだなと。藤岡氏はと学会のメンバーでもあったので、唐沢俊一氏への怒りがこちらにも飛び火した、ということらしい。私が唐沢氏の腰巾着の一人か何かだと思っておられるのだろう。
そこんとこは完全な誤解なので、記しておかなきゃならないだろうけれど、もう何年も前にAIQとは縁が切れている。今頃になっていきなり「袈裟」扱いされても困るのである。第一、AIQにいた頃だって、ただ所属してただけであって「仕切ってた」なんてことは全くない。
私は今も昔も、唐沢俊一氏の「著書」のファンではあるが、それにしたところで別に「唐沢信者」というほどではない。AIQにいた頃だって、いや、その以前から、唐沢氏の著書に間違いが多いことは日記で結構指摘しているのである。
AIQに入ったのだって誘われたからであって、自分から進んでではないのである。というか、よく入れる気になったと今でも思うが、恐らく私の日記をよく読んでいなかったのだろう(苦笑)。
それはそれとして、私の書評に対する藤岡氏の怒りは感情論としては理解できるものである。誰だって、自分が精魂込めて書きあげた作品を頭ごなしにつまらんと言われたら、腹が立つだろう。
かと言って、読者だって、作者に阿って誉めた文章だけを書くしかないなんてリクツがあるわけでもないので、つまらないと感じたものはそう書くしかない。腹を立てるなら立ててください、としか言いようがないのである。
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10月12日(金)
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