ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491728hit]

■加藤夏季補完計画(笑)/『スペオペ宙学』(永井豪)ほか
 その結果、鬱憤晴らしに書き始めた内容が、かえって膨大に増えてしまったので、今さら短くすることも出来ず(短くする気あるんかい)自分で自分の首を締めることになっちゃったのだが、それでも当初考えていた「たとえ書きこみが遅れることはあっても、一日たりと休まない」ことは実行できている。
 「どうしてそんなに書き続けられるんですか?」とよく聞かれるが、実際にはまだ一年しか経っちゃいない。
 なのに、「継続のヒミツ」なんてのを書くのもちょっとゴーマンでおこがましいのだけれど、最近、私が気に入ってる方々の日記の更新が軒並み滞ってるのを見ていると、なんだか寂しいので、いくつか私が書くときに気をつけていることをいくつか書いてみることにした。

 まず、自分の書いたつまらないものなど、だれも面白がってないんじゃないか、なんて思わないことである。
 前にも引用したことがあるが、森下裕美さんが『ここだけのふたり』の中でたきえに語らせていた通り、もともと「自分のつまらない日常だの家族写真だのを無理やり公開して見せつける」のがネット上の「日記」なのである。
 つまらなければつまらないほどいいのだ。
 それを読者に押しつけるという「状況」それ自体が、「日記」の面白さなのだから。

 「今日はお天気。気分もはっぴい(*^▽^*)。
 なんだか素敵なカレと出会えそうなヨ・カ・ン♪
 うふふっ(はあと)」

 ……なんて日記があったら、私は心の中で作者に、即座にケリを入れて楽しむであろう。
 そういう「楽しまれ方」を覚悟さえすれば、「つまらない」という批判にメゲることはなくなるのだ。

 だいたい、日記随筆文学の泰斗、清少納言自身、書いてる内容は「あのね、あのね、雀の子がね、ちゅんちゅん鳴いて寄ってくるのって、可愛いのよ〜」って、現代の男が聞いたら、「それがどうした。当時の女ってのはバカか」としか思えないようなことばかり書いてるのである。
 当時の男は、こんなバカ女が可愛く見えてたのかなあ、と思っていると、そこで反清少納言として登場してくるのが紫式部である。
 同じ女でありながら(いや、だからこそ)「あんなのと私を一緒にしないで。私、清少納言ほどバカじゃないわ」と自身の日記に書くのだ。
 ……今のネット環境と変わらないヤリトリというか、攻防を繰り広げていたのだ。

 だから、「ネタがない」ということで苦しむ必要もない。
 今日食ったメシ。
 これだけでも、書こうと思えば原稿用紙10枚は書ける。
 その気になれば、一日はネタの宝庫だ。 

 忙しくて日記の更新が滞りそうな時には、具体的な方法として、とりあえず、その日のうちに書こうと思っていることを先に軽くメモにしておくという手がある。そして、後でじっくり書くようにするのだ。
 こうしておけば、二、三日書きこみが遅れたところで、そのメモをきっかけに何を書こうとしていたか思い出せる。

 ……エラそうなことばかり書いちゃってるけど、これ、日記を続けられなくなってる全ての方々へのエールだと思ってください。
 ねえ、アナタ、イマドキのテレビなんて、『どっちの料理ショー』とか、カレーライスとラーメンのどっちが上か、って、人生になんの意味も寄与しない、どーでもいいことにウンチク傾けてケンカする番組の視聴率が高かったりしてるんですよ。
 「くだらない」ことに価値があるってこともありまさあね。 

 ……こう言ってる私だって、メゲることはしょっちゅうなのである。
 原因は主にしげにあって、私が長く書けば書くほど「つまらない、長い、読みにくい」と文句ばかりつけてくるのよ。
 「ちくしょう、なにくそ、負けるもんか!」と涙を流しつつ書き続ける日々。キーボードの上には涙が滲んでいると思ってくださいな(紙じゃないから滲まないなんてツッコミはなしね)。
 私は諦めない。たとえどんな批判があろうと書き続けるだろう。
 いつかしげに「よかったよ、今日の日記」と言われる日まで。
 ……なんか、そんな日なんて永遠に来そうもない気もするが、そうなるとこの日記も永遠に続くことになると思うので、どうか今後ともご贔屓に。


[5]続きを読む

09月01日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る