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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■私のマスコミ嫌いも根が深い/『雪が降る』(藤原伊織)/『新ゴーマニズム宣言』(小林よしのり)ほか
……それはなにかな、ミスコンに出場するヒト、ミスを選ぶヒト、ミスコンを楽しんで見るヒトがみんな、「○スを蔑むためにそういう催しをしている」とでも言いたいのかな?
遠慮なしに言わせてもらうが、それこそ被害妄想であり、「ブ○の僻み」である。テレビじゃそこまでは言い切れなかったようだが、視聴者はほぼみんなその言葉を心の中で反芻していたことだろう。この場合の「ブ○」はもちろん、外面のことを言ってるわけじゃない。
「あなたは心のブ○よ!」(某アニメのセリフをアレンジ(^▽^笑))
美しいものを見たい、美しいものに憧れる、その気持ちがあるから、芸術だって生まれてくるのだ。そしてその「美しさ」ってのは「外見」だけに拘ってるものじゃない。ソトヅラだけよくて腐った心根が表情に現われてるようなヤツと、まあ、そう顔が整ってなくても、愛嬌や優しさが表情に表れてる子がいたら、どちらが受賞するかは解りきってるじゃないか。
ミスコンを支持してるのはスケベな男ばかりじゃないってこと、フェミニズムを標榜してるヒトたちは、ちと考えてもらったほうがいいと思うがな。
こういう問題になると必ずしゃしゃり出てくる田島陽子センセが今回はゲストに呼ばれてなかったな。単に忙しかっただけなのか、ああいうアホ(わざとアホを演じてる可能性もあるけど)が出て来るとさすがに番組自体がオフザケやヤラセと勘違いされると思ったのかどうか分らないけど、まあ、誰を呼んできたって、こんな企画はアホを見て嘲笑うものにしかならないわな。
エンターブレイン『20世紀少女マンガ天国』読む。
ああ、少女マンガの歴史も『20世紀』でくくられるようになったのだなあ。
現代の少女マンガのルーツを手塚治虫の『リボンの騎士』に置く見方は、間違いとは言えないが、その前後の解説の記述がやや不足しているように思える。
少女小説の挿絵画家たちや、倉金章介の『あんみつ姫』などがカットの一つも紹介されてないのはどうかという気もするが、編集者たちが紹介したいメインのマンガ家たちが、24年組以降の作家たちであるのは明らかだから、多少の偏りは致し方ないのであろう。
評論誌的な体裁を取っているようだが、その批評性は薄い。執筆者たちが、キャラクターやテーマに感情移入してしまった結果、客観的に作品を見ることができなくなってしまっているのだ。ここには、「少女性」とか「夢物語」「愛と哀しみ」「ナイーヴさ」「想像力」「感性」など、何かを語っているようでいて実は何一つ作品分析に寄与していない言葉が浮遊している。こういうのは一種のカタログ雑誌として読むのが妥当なところだろう。
あ、でも「少女マンガ誌の読者はどんなマンガ道を辿るか」ってので、『花とゆめ』から流れる≪白泉社ライン≫は少女マンガ・オタクへ通じる道って解説には笑った。確かに『花ゆめ』→『メロディ』→『プータオ』(出版社違うけど『WINGS』や『ASUKA』に流れる読者も)って流れ、ありそうな感じだものなあ。
この本を読んで初めて知ったこと。
『雨柳堂夢噺』の波津彬子、花郁悠紀子の妹さんだったとは。しかも花郁さん亡くなってたなんて……。少年マンガ家さん以上に少女マンガ家さんは、年齢やプライバシーを隠したりする例が多いし、全然知らなかった。
三原順が死んだの知ったのも一年以上あとだったし。
生々しくリアルなマンガを描いていながら、その作家の存在が現実のものとして私たちの目の前に現れてくるのが、当の作家の死の瞬間だというのは、切なくて寂しい。
それこそ少女マンガじゃないか。
『少年画報大全 20世紀冒険活劇の少年世界』。
月刊誌『少年画報』が廃刊になったのは昭和46年だ。もう若い人はその存在も知らないよなあ。
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07月16日(月)
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