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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ウナセラディ東京/江戸東京たてもの園/『ヒカルの碁』12巻(小畑健)
でも、もしかしたら私もそうなのかも知れない。
時間が前後したので元に戻そう。
午前中のうちに、ぜひ行きたかった「江戸東京たてもの園」まで、こうたろう君ご一家とドライブ。
先月の『アニメージュ』で、宮崎駿が「ここはいい!」と力説していたので行く気になったのだ。江戸・東京の旧家をそのまま移転したもので、マスコットキャラクターの「えどまる」という虫も宮崎駿デザインである。
お子さんたちはちょっと面白くないかも、と、小金井公園で遊ばせておいて、初めはこうたろう君としげと三人で西の方を回る。
田園調布の家や山の手の家を見て回るが、いちいちこうたろう君が解説してくれるのがありがたい。
「田園調布の家なんて別に金持ちって感じじゃないんだよ、本当の金持ちは山の手」
要するに田園調布は成金の家ってことなのかな。でも成金でもテラスのある家なんかに住んでみたいぞ。
麻布の家なんか、使用人の間ですら広い。
「有久の下宿の部屋がこんな感じだったよな」と口さがないことを言ってくれるが、実はその通りだから仕方がない。あの頃は六畳一間に本を積み上げてその隙間の中で生活していた。……今もそうか(^_^;)。
こうたろう君、すっかり喜んで、「でも、こんな家に住んでたら貧乏人は怒るよ。俺、怪人二十面相の気持ちわかっちゃった。こんなとこに住んでたら南方から帰って来る子供の顔なんか忘れてるよ」と悪態つきまくっている。
あのー、ガイドさんもいるんだけど、いいの?
結構子供たちも楽しめるかも、と、途中から奥さんたちも合流。
高橋是清邸、2.26事件の殺害現場も見ることができた。二階で殺されてたのだなあ。余りに広くてすぐには見つけられず、使用人に案内させたそうだが、実際どん詰まりの部屋である。
そのまさに殺人現場で息子さん、畳の上でゴロゴロ転がって遊ぶ。
知らないということは楽しい(^^)。
しげが高橋是清のシルクハットに燕尾服の写真を見て、「昔の人ってホントにこんな格好してたんだ」と驚く。確かに今時は誰もそんなスタイルをしないが、だとしたらたまにデパートで売ってるシルクハット、誰がなんのために買ってるのだ。
たてもの園の中の「蔵」といううどん屋で昼食。
看板に「武蔵野うどん」と解説されていて、貧しい農家で小麦粉も少なく、野菜だのなんだのを練りこんで作ったものだそうな。
そのせいか、麺自体の色が濃く、細くてやや平べったいのに腰が強くモチモチして歯応えがある。汁の味は東京のうどんにしては濃い方。
これはぜひ食して行くだけの価値があるのではないか。
ふと壁を見ると、トトロがうどんをすすっている小さな額縁が。店員さんの話によると、ご本人もよく食べに来られるそうである。
息子さんが「(映画の)クレヨンしんちゃん見たの?」と聞くので、「うん、見たよ、泣いちゃった。お父さんも泣いてたろう?」と質問し返すと、「今も泣いてるよ」と返事。
見るとこうたろう君は笑っていた。
息子さんはしんちゃんがコンビニでカンチョーするところが一番面白かったそうである。……大人になったらもう一度見返そうね。
農家、風呂屋、荒物屋、花屋、化粧品屋、居酒屋、何もかも、私たちの子供の頃にはいくらでもあったものだ。
来園しているおじいさんやおばあさんが、すれ違いざまに「珍しくもない」とぼやいていたが、それは違う。今はまだ探せば残っているかもしれないこれらの建物は、あと10年か20年でほとんど消えてなくなるだろう。
囲炉裏も、縁側も、七輪も、ベーゴマも、みんな歴史上の知識の一つに過ぎなくなる。
ありふれたものの保存くらい難しいものはないのだ。
日記もそうである。
10年ほど前、元禄時代の御畳奉行、朝日文左衛門の『鸚鵡籠中記』という日記が『元禄御畳奉行の日記』としてベストセラーになり、ドラマ化、漫画化(石ノ森章太郎や横山光輝)されたことがあった。武士の普段の生活が描かれたものとしては稀有のものだったからである。それくらい、普段のことというのは残らない。
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05月04日(金)
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