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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■My guest is my Lord/『まかせてイルか!』1巻(大地丙太郎・たかしたたかし)
 1話完結のアニメシリーズのマンガ化、というか、何となく石立鉄男主演の『水もれ甲介』っぽいドラマの雰囲気。いや、印象だけだけど。
 親のいない三人娘が湘南海岸で「便利屋」を開いてるって話なんだけど、名前が「海」、「空」と来て、三女が「碧」ってのが作者のこだわりを感じさせてよいのだ。
 アホな作り手は三女を「陸」ってしちゃうところだけど、親が「あの海や空のように青々と」と願って子供に名前をつけていたとしたら、「陸」には絶対しないよな。最初から三人生まれると解ってるはずもないし、こういう細かい設定がキャラクターを生かしているのである。
 『episode9・10/碧バイバイ』なんてドラマで見たいぞ。
 娘を亡くした両親が、瓜二つの女の子を見つけて、養子に来てくれないかと頼む、という展開はよくあるが、こういう結末のつけ方をするとはねえ。
 やるな大地丙太郎。

 夜になって、ようやく日記がエラーを起こさずに登録できる。なんだか1日を殆ど無駄に過ごしてしまった。
 さあこれでようやく眠れるなあ、と思ってテレビをつけたら三波春夫死去のニュース。
 思わず「三波春夫が死んだよ!」と女房に向かって叫ぶが、女房は「ふ〜ん」の一言。……確かに女房のトシだとトヨカズの方がまだ近しいんだろうが「ふ〜ん」はねえよなあ、と思う。
 ニュースはやたらと三波さんのことを「国民歌手」と強調していたが、私には全くそんな印象はない。
 確かに一時期、紅白のトリはずっと三波さんが勤めてはいたが、お袋などは生前、三波さんをイロモノとしか見ていなかった。少しトシの行った世代なら、印象はこんなものである。しかし実はその「イロモノ」的なところが、三波さんの真骨頂であったと言えるのだが。
 三波春夫は歌手と言うより一流のエンタテイナーであって、その芸域はとてつもなく広いのだ。広すぎて、偶像にすらなり得なかった。テレビはそんな三波さんを扱いかねたのだと思う。結局はあの「お客様は神様です」を、レッツゴー三匹にもの真似させる程度のものとしてしか認識させなかった。
 昔はドリフのコントなどにも出ていた三波さんだが、普通、喜劇役者以外のゲストはどこか「浮く」ところがあって、それをレギュラーの面々が上手くイジることで笑いにつなげるものなのだが、三波さんは見事に場をさらってしまっていた。間の取り方が絶妙に自然なのだ。
 まるで「舞台荒し」の北島マヤのようであった……って、たとえがムリヤリだがホントだから仕方がない。こういうヒトがしょっちゅうテレビに出ていては、芸ナシの連中はたまるまい。
 幸いなことに、アニメオタクはあの『ルパン三世(ルパンVS複製人間)』で三波春夫の至芸に触れている。絶頂期の納谷悟朗とタメをはれたということが何を意味しているか、ちょっと考えてみればその凄さが解る。
 そして極めつけの『ルパン音頭』である。
 旧ルパンのハードな雰囲気を期待していた当時は、アレを聞いてメゲてたものだったが、何年か経って聞いたときに、エンタテインメントとしての『ルパン』を見事に表現しているという点で、新シリーズ以降では一頭地を抜いていることに気付いて、驚いたものだった。
 コーラスを除いて、「ルパン」って歌詞に出てくるの、アレだけなんだよね。
 ……『知ってるつもり』あたりがまた浅薄な取り上げ方するんだろうなあ、シベリア抑留のときのことを美談に仕立てたりしてさ。生前の三波さんはそのことについては黙して語らずを通してたんだけどねえ。  

 ついでに数多い三波春夫パロの中で、マンガに関して印象に残ってるものを二つ。
 一つはコンタロウ『1、2のアッホ/ああ!国民放送の巻』。
 国民歌手、南春生が某国営放送で『おまんた音頭』を歌うことになる。クリーンなイメージを大事にする国営放送のプロデューサーは、南春生が「おまんた」を「おまん○」と言い間違えないか心配して(←間違えるかい)、予め「おまんたってのは新潟県の方言で『あなたたち』の意味ですよ」というタテカンを映すことにする。

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04月15日(日)
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