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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■SMOKE IN MY EYES/『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(田中啓文)ほか
「そう言って、寝とったらどうするん! 今まで3回は締め出されたことあったんよ!」
私の記憶では一回だけなのだが、一回でもあれば立場は弱い。仕方なく鍵は閉めないでおく。
……で、女房が帰ってきた時、私はしっかり眠りこんでいたのであった。わはははは(^_^;)。
マンガ、ほったゆみ・小畑健『ヒカルの碁』11巻、読む。
ヒカルもついにプロ試験合格。碁を始めて丸2年ってのは長いのか短いのか。
連載雑誌も立ち読みしていて、このあと展開が二転三転することを知っているので、今読み返すとこのあたりは非常に静かな流れに見える。越智が敗れることは予想がついちゃうし。院生のキャラ、初めから立ってた和谷、雑魚キャラに見えたのがどんどん凛々しくなっていった伊角と比較すると、越智は最後の敵にしてはいかにも傲慢な性格で、ちょっとステロタイプ過ぎた嫌いがある。
でも、ヒカル勝利のシーンを見せず、伊角の呆然とした眼のアップで処理する演出の細やかさ、連載2年を経てなおドラマとしてのレベルが落ちないことには驚嘆する。
……佐為があとであんなことになっちゃう伏線は既に張られているのだなあ。でもまさか塔矢があんなになっちゃうことまでは予想もしてなかったなあ。不安な要素を漂わして読者の興味を引き、意外な展開で落とす、その緩急自在な演出力は当代随一だ。
しかしここまでキャラを増やし、話を広げて行くと、どう考えても30巻やそこらでは収まりがつかないぞ。しかもこの話、登場人物の成長と現実の時間がリンクしてるから、少年ものの連載としてはあと四年が限界。……終わるのかなあ?
時雨沢恵一『キノの旅U ―the Beautiful World― 』、『V』のあとに読んだが、全く支障を来たさなかった。
作りとしては文学史上では散々叩かれることになった「主題(テーマ)小説」の流れに位置しているが、別にそれが悪いことだとは思っちゃいない。
確かに語りたいテーマなりメッセージなりが先にあって、それに合わせて物語を構築していけば、その世界は自然とリアリティを欠いた作り物めいたものになってしまう。菊池寛の諸作はそうであったし、本作もそうなっていると言えばその通りだ。
しかし、それ以上に、本作で揶揄される日本(これはあくまでファンタジー世界ということになっているが、キノが旅するどの国も日本のある一面を記号化したものであることは一目瞭然である)の「現実」が、もともと「作りものめいて」いるのである。
第2話『過保護』の、息子のためと称して「戦争」に送り出す親も、第3話『魔法使いの国』の、「飛行機を飛ばした娘」を「魔法使い」と崇める民衆も、第5話『絵の話』の、画家がただ好きだからという理由で描いた「戦車」の絵を、「反戦絵画だ」と勝手に読みとって絶賛する批評家たちも、みな、形を変えて今の日本にいるのである。
「まさか、三文小説に出てくるようなバカが現実にいるはずはない」なんて思っていたら大間違い。現実の人間は、その「現実」に対処するために、自らの意志を何らかのステロタイプに合致させようとするものなのである。つまり、「虚構」が「現実」のマニュアルになってしまっているのが現代日本の姿なのだ。
でも第8話『優しい国』の人々のように、最後の最後で人は優しくなれる、というテーマだけは、やはり現実においても「虚構」のままのような気がするな。
田中啓文『銀河帝国の弘法も筆の誤り』……これはすごい。
タイトルが全てを語っており、それ以外の何物もないなどというバカ小説がこれまでにどれだけあったことだろう。
私は横田順彌氏のハチャハチャSFが昔から大好きで、ただの駄洒落のみで話が始まりそして終わる『メグロの決死圏』(これもタイトル見ただけでオチが分るにもかかわらず面白いという稀有の作品)は日本SF史上最高傑作の一つと信じて疑わぬものだが、本短編集も充分それに匹敵する。
表題作自体、ファースト・コンタクトした宇宙人が禅問答をしかけてきたので、それに対抗すべく、高野山に今も空海を呼んでくるという、トンデモナイ作品だが、それだけ大風呂敷を広げときながら、ラストをただの駄洒落で落とすなんてアホウがどこにいる。
ここにいたのだ。
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03月05日(月)
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