ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■うれしい
「ギン、おめでと」
そう言って、木の実や芋、果物を駆使して乱菊が甘い食べ物を作ってくれた。
面倒な食料の加工を嫌うギンに代わって全てを引き受けていた乱菊の技術の結晶と言わんばかりの力作を、ギンは言葉もなく、珍しく顔を赤らめて食べていた。おいしい? と乱菊が首を傾げると、勢いよくただ首を縦に振るばかり。
ギンはよく分かっていた。この地区で甘いものを作ることがどれくらい面倒で大変なことなのか。どれくらい準備をしていたのか。
それが十数日前のこと。
ギンはぼたぼたと紅い血を流しながら歩いていた。地面には赤黒い斑点がギンの行方を知らせるが、もうそれを気にしないで済むほどの距離まで離れていた。ただギンは歩く。
乾いた草原に風が吹き渡る。青い空が高く高く、秋の到来を告げている。白い雲が細くたなびき、鳥が一羽、悠々と翼を広げていた。この果てしなく思える草原の、向こうに見える森が住処だろう。あの森を越えれば乱菊の待つ小屋があった。
血液は左肩から流れ出していた。それでもギンは足を休めることなく、右手で傷口を押さえることなくただ足を進めていた。ギンは右手を使うわけにはいかなかった。右手には櫛が握られていたから。
中央へと真っ直ぐ続く大路の周囲には、この地区であっても機能した町があった。色々な意味で力のある者が牛耳るそこは、現世でなにかの技術を持っていた人間が集められ、わずかながら生産が行われている。多くは支配する人間を満足させるだけのものだが、それでも少しずつ物は流出し、それがこの地区に生きる人間達の生活を助ける道具となった。
ギンは昨夜その町へ侵入し、道具屋から櫛を盗み出した。
一応、代金として芋と果物を幾つも置いていったのだが、予想通りに用心棒に追われた。櫛を汚さないよう折らないように気を付けていたら肩を斬られた。その血が染みていくから、櫛を懐にいれることもできず、ギンは汚れていない右手に櫛を持ち、家路を急ぐ。
緑の塊が大きく見えるようになり、風に揺れてこすれる葉や枝の音が聞こえるようになり、緑の濃い匂いがするようになり、そしてやっと入り口に辿り着く。
左肩の傷はようやく塞がったのか、痛みはあるが血は流れなくなった。ギンは大きく息を付く。それでも足は止めない。ギンは今日中に家に帰らなければならなかった。歩きにくい森の中を、半ば走るようにしてギンは進む。足下で乾いた小枝の折れる音がする。茂みを揺らして逃げていく小動物の足音がする。
やがて木々の種類がかわり、まばらになり、そして太陽がすでに天頂を通り過ぎていたことをギンは知る。
向こうに小屋が見えた。扉の前で座り込んで作業をしていたらしい乱菊が立ち上がり、ギンに向かって駆けてくる。近づくと、きれいな眉がひそめられていたし、唇がへの字にゆがんでいるのが見えた。
「ただいまあ、乱菊」
「おかえりって、あんた、芋掘りだって言ってたのに、どうしてそんな血塗れなのよ」
乱菊はすぐにギンの傷を見ようと左肩に手を伸ばす。黒く乾いた血で裂けた着物はがさがさとしていた。ギンはすっと左肩を引く。
「見せなさい」
「もう血ぃ止まっとるし、後でええよ。なあ、手ぇ出して」
訝しげに乱菊は手を出した。その掌に、ギンは櫛を落とす。乱菊は目を見開いた。
菊の花が彫られた、木櫛だった。
「贈り物や。今日は乱菊の誕生日やさかいなあ。ちゃあんと、代金がわりのモン置いてきとるから大丈夫や」
「……ならどうして血塗れなのよ」
「んー、ちょっとなあ。意見の相違で」
俯いてじっと櫛を眺めている乱菊の顔を覗き込もうと、ギンは横から屈み込んだ。肩の上で揺れる髪が落ちていて、乱菊の顔は隠れている。
「なあなあ、ボク、それで乱菊の髪梳いてかまへんか。以前、芸人さんからもろうた櫛はとうに折れてのうなっとるし、ふわふわ絡まるて言うとったやろ。伸ばさんでもええから、その代わりボクが髪梳きたいわ」
乱菊は俯いたまま答えない。ギンは右手で乱菊の髪を一房とり、指に絡めて軽く引っ張る。
「なあ、あかへん? 出会うて今日で六年なのに、ボク乱菊の髪で遊んだこと一度ものうて寂しいんやて」
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01月04日(金)
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