ID:104863
G*R
by K・カヲル
[120054hit]
■27 三分の理
夜も更けた暗闇の中を浦原が赤ん坊を羽織に隠すようにして夜一の自室を尋ねたとき、夜一の第一声は、
「どこの娘に産ませたのじゃ?」
だった。
それを聞いて浦原は真面目な顔を情けなく歪ませる。そしてがっくりと肩を落とすと、
「アタシが他の娘さんに手を出すはずないじゃないっスか」
と小さく言った。
庭に面した縁側に立ち尽くして項垂れる浦原を気にするふうもなく、夜一はゆったりと寝台に横たわり、片腕で頬杖をついて浦原を眺めている。そして青い闇の奥で愉快そうに笑うと、
「冗談じゃ。おぬしにそんな度胸があるとも思うておらぬわ」
と快活に言った。それもどうかと、と小さく抗議する浦原を手で招き、夜一は体を起こして寝台にあぐらをかく。肩にゆったりとかけられていた、おそらく色鮮やかであろう着物が軽い音をたてて落ちた。漆黒の装束に包まれていない、細く締まった肩が露わになる。
浦原は周囲に耳を澄ませ、そして音もなく部屋へと入る。障子は開け放したままで、だから月の光だけが部屋を照らしていた。
「どうした?」
夜一は低い、しかし柔らかな声で尋ねる。浦原は寝台のすぐ傍に座り、夜一を見上げる格好で、無言で笑った。その頬は痩け、白い肌は荒れている。ざんばらに伸びた鳥の子色の髪は月光で白っぽく見えた。夜一はわずかに顔をしかめ、褐色のしなやかな腕を伸ばすと、浦原の髪を優しく梳いた。
「どうした? 言うてみい?」
浦原は一度、眼を閉じた。そして眼を開けると、夜一の金色の眼を真っ直ぐに見た。
「崩玉を、壊せなかったっスよ」
浦原の声は掠れていて、夜一は何も言わずにただ浦原の頭を自らに引き寄せる。夜一の、漆黒の装束に包まれた太腿に額を押しつけて、浦原は眉を寄せて小さく笑む。
「どうしても壊さないとならないんスけどね……だから、その方法を見つけだすまで」
浦原は固く眼を閉じた。眉間に皺が寄っている表情を見るのは珍しく、夜一は気遣わしげに浦原を見下ろす。浦原はじっと動かない。庭の草むらの中から虫の声が響き始めた。
その声が止んだとき、浦原が口を開いた。
「崩玉を、この娘さんの中に隠しました」
音が、ぴたりと消えた。
夜一は唾を飲み込む。その音すら響いたかのように感じられた。浦原は眼を閉じたままだ。夜一は、口を開け、そして口を閉じた。
小さく、再び虫の音が響き始めた。
「……娘の、魂魄に、か?」
夜一の声は確かで、ただ更に低められ囁かれた。浦原は目を開け、横目で夜一を見上げる。仄暗い中でも光る夜一の眼はただ、痛ましげに細められていた。
「そうっス。誰かの魂魄の中に入れるのが、最も安全でしょうから」
「儂らでも良かったのではないか」
「そこらへんが一番疑われますよ。アタシが造った人ではなく、アタシ達と無関係で、瀞霊廷とも無関係で、魂魄に異物を入れられたことを知らないでいられるくらいに幼い……赤ん坊じゃないと、いけなかったんスよ」
夜一は上体を屈めると、浦原の腕の中で眠る赤ん坊にそっと手を伸ばした。黒髪に白いきれいな肌をした赤ん坊は、大きな眼を甘く閉じて寝息を立てている。夜一の褐色の指が優しく頬を撫でると、赤ん坊は口元に笑みを浮かべた。夜一は小さく微笑むと、軽く握られた赤ん坊の手に触れる。赤ん坊は手のひらを開くと、夜一の指を握った。その柔らかな確かさに夜一は眉をひそめて、微笑んだ。
「どこの娘じゃ」
「戌吊です。捨てられていたのを拾って……と言えば聞こえはいいですが、攫ってきたんスよ。こっそりと探していたんです。誰が消えても増えても気にしない輩ばかりの、地区番号の大きな地区に送られた、霊力のある赤ん坊を。霊力がないと、崩玉を隠しておけないので……なかなか見つかりませんでしたけどね」
浦原もまた、あどけなく眠る赤ん坊を見て口元を緩めた。体を起こし、軽く揺するようにすると、赤ん坊は笑みを深める。
二人とも、じっと赤ん坊を見つめていた。
[5]続きを読む
11月27日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る