ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■15 乾き
 朝靄の立ち込める川の辺に膝を抱えて座り、ギンはただ流れゆく水面を眺めていた。
 時折、魚が跳ねる。水面はさざめき、揺れて、その波紋もまた押し流していく。透明な川は底まで見渡せて、黒光りする石の並ぶ川底には水草が流れに体を傾けて揺れている。
 晴れている空は、もうすぐ太陽が昇る頃で、もう明るい青になっていた。高い雲が一つ二つ、ゆっくりと流れていく。その雲の形をゆらゆらと変形させて、川は流れている。ただただ、留まることなく澱むことなく、ギンの目の前で全てを流している。
 ギンは、手近にあった小石を手に取ると、川面に投げ入れた。水音がして、水が跳ね上がる。波紋はみるみるうちに下流へといってしまう。もう一つ、もう一つ。ぽちゃん、ぽちゃんと音をさせ、ギンは小石を投げる。
 十数個も投げた頃だろうか。ギンは溜息をついて、膝に額をつけた。
「ボクの煩悩も流れんやろか」
 膝を抱える手は、乱菊より大きくなった。細かった腕は必要なだけの筋肉がついて、乱菊より太く長くなった。背も乱菊より高くなった。声は低くなった。乱菊より歩ける距離が増えて、持てる荷物が増えて、眺める景色が高くなり、そして。
 変化は身体だけに留まらない。
「この乾きも疼きもいつか流れてくれるんやろか」
 川は何も答えない。


 昨晩、ギンは一人、果物を持って花街を訪れた。鮮やかな花々がひらひらと辻や窓辺で男達を誘っていた。その中からギンは一人選び出した。目の大きな、唇のふっくらとした、髪の柔らかそうな女だった。
「どうしたの、坊や」
「遊んでくれへんやろか」
「初めて?」
「そうや」
 女は眼を細めて、微笑んだ。
「……あたしがまだ現世にいた頃、よく懐いてきた隣の坊やがあんたくらいだったわね。この辺りには子供が居ないから、懐かしいよ」
 この地区では子供は珍しい。この地にやってきて、多くはすぐに死んでいく。ギンは現世でいうと十三、四歳くらいに成長していたけれど、ここまで成長することも、この年齢で生き残ることも難しかった。
 女は小さな扉を開けて、ギンを中に招き入れると障子を閉めた。小さな蝋燭の灯りに影が揺れた。
「どうしてあたしを選んだの」
「……」
「好きな女の子にでも似ていた?……ああ、図星だね。その子には好かれていないの?」
「一緒に暮らしとる」
「ああ……それは難しいね。ずっと一緒にいるの?」
「もう数十年になるわ」
「そっか。長いね」
 布団に招き入れられて、ギンは女の懐に潜り込んだ。甘い体臭と白粉の匂いを含んだ布団は生暖かかった。
「なあ、姐さん、いつ死んでここに来やはったん」
「十年くらい前だよ。十九の時に流行病で死んだ。旦那もいたけど、どうなったかな」
「……聞きたいんやけど」
「何?」
「どこまで大きゅうなったら、ボクん中でぐるぐる蠢いとるモンは落ち着くんやろか」
 女は無言で首を傾げた。夕暮れにも似た色の灯りで、女の白い肌が、白い胸のふくらみが暗く暖かく染まっていた。長い睫の影が目尻に落ちていた。それらをギンは眺めていたが、そのどれもギンの中には留まらなかった。
 ギンは大きく息を付いて、目を伏せた。
「姐さん、大きいんやから分かるやろ。なあ、ボク、ずっとずっと、十年以上も抱えとるんや。疼いて、乾いて、仕方ないのに、どうもこうもできひんから暴れるんを押さえて我慢しとったん。姐さん抱けば治まるんやろか。それでもどうにもならへんのやろか」
 ギンの言葉に女は目を見開いて、そして、軽く溜息をついた。
「……ここは成長が遅いものね……そうよね、坊やの方があたしより年上なんだろうけど、体はまだ青い時期の真っ只中なのか。現世なら、人にはよるけど、数年でまあまあ治まるもんなのにね。二十を越えれば、それなりに落ち着くもんだろうに」
「ボク、幾つくらいなんやろ」
「十と三、四くらいだと思っていたよ、あたし」
「………まだまだやん。あと何十年あるんやろか」
 ギンは布団に突っ伏した。その銀髪を女がやさしく撫でた。髪がさらさらと音をたて、女の指の間をすり抜けた。
「その女の子に無理強いはしないんだね」
「嫌がること、しとうない」

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11月15日(木)
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