ID:104863
G*R
by K・カヲル
[120055hit]
■08 がらくた
マユリは必ずネムを直す……治す。
阿近はその迷いのない手つきを横目で見やり、指示された自分の担当箇所に目を向ける。踏みにじられた右肩の傷。再生しきれない筋肉組織を剥がし、そこへ丁寧に新しい組織を乗せていく。この作業は目を瞑って出来るだろうと思えるほどに慣れた。その横でマユリは指へと繋がる細い細い神経繊維を慎重につなげている。
マユリは、ネムの高度な技術を要する補修については必ず自らの手で行った。その傷をたとえ自分が作ったのだとしても、神経質に動く細長い指によって傷は治され、次の日までには完全に消えている。そして新たに、その治した手によって傷がつくのだ。
「そっちは終えたのかネ」
マユリが顔を上げた。阿近は頷くと、皮膚を乗せた箇所を見せる。それを見て、更に眼を近づけて確認するとマユリは満足げに頷いた。
「ネム」
「はい、マユリ様」
横たわって無表情に天井を見ていたネムが、顔をマユリへ向けた。
「右手を動かしてごらん。痛覚は麻痺させてあるから動かすことに支障はないハズだヨ」
言われたとおり、ネムはまだ皮膚を乗せていない指を動かした。握っては開くその指を見て、マユリは制止の言葉を告げる。
「よし、神経は正常に繋がったようだネ。あとは皮膚を被せるだけだヨ。ネム、あとは阿近にやってもらえ。私は十二番隊の方に行かなければならないからネ」
「はい、マユリ様。お手数をおかけしました」
「全くダヨ。阿近、あとはお前に任せる。最終の動作確認までしておくように」
自分を振り返ったマユリに、阿近は軽く頷いた。
「わかりました」
頷いて、マユリは羽織を翻して施術室を出ていく。
「ありがとうございました。マユリ様」
ネムが小さな声でその背に呟いた。乱暴に扉が閉められた。
阿近は白い白い、透けるような皮膚を丁寧にネムの右手に乗せていく。手、特に指の皮膚は接合が面倒で、阿近は息を詰めて作業を行っていた。
ネムは寝台の上で横たわり、薄布一枚を身体にかけただけの姿で身動ぎ一つせずにいる。細い肩と右腕だけが露わで、他の部位は全て薄青の薄布に覆われている。柔らかな胸は重力で両脇に広がりながらもなだらかな隆起を示し、呼吸によりわずかに上下している。薄布は忠実にその曲線を覆う。曲線は下腹までは僅かに凹み、下腹と足の付け根で僅かに盛り上がる。その全てが薄青い布に覆われている。
筋肉が薄くのった右腕だけが阿近に伸ばされている。その先端の右手に被さるようにして作業をする阿近は、ときどき、ふと我に返って自分の姿に笑みを浮かべた。まるで女神だか女王にでもかしずく下僕のようだと、阿近は声もなく笑う。
ネムが顔を阿近に向けた。
「どうか、なさいましたか」
「いや、なんでも」
顔も上げずに阿近は答える。目の前の接合に集中していると、急に喉に渇きを覚える。煙草を吸いてえな。そんなことをぼんやりと思う。濃いコーヒーでもいい。何かで、この集中しすぎてどこかぼやけた感じを払拭したいと阿近は感じる。言葉にして具体的には思わない。ただ感覚で、何か刺激を求めている。求めているのに、指先も眼も脳も、集中を途切れさせない。ピンセットの先に摘んだ針で、丁寧に皮膚を縫い合わせていく。
だから全てを縫い終えたとき、阿近は大きくおおきく息を吐いた。急に眼と肩に疲れを感じる。手袋を外して眉間を揉むと、阿近は寝台を見下ろした。
ネムがじっと見上げていた。
「終わりましたよ、ネムさん」
「……ありがとうございました。お手数をおかけして申し訳ありません」
およそ感情が窺えない声でそう言い、ネムは天井に眼を向ける。その顔はひどく無機質で、生気が感じられない。相変わらず人形のようだ。阿近は思う。
「もうしばらく」
阿近の声にネムが再び顔を向けた。その頬に手を伸ばしそうになって、阿近はその手を白衣のポケットに突っ込んだ。
「……そうですね、数刻したら接合部もほとんどきれいになりますし、その頃には麻痺もとれます。そうしたら動作確認をしますんで」
「わかりました。よろしくお願いします」
[5]続きを読む
11月08日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る