ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■05 後ろ指
かたり、と微かな音がした。
夜風が滑り込むように室内に入り込み、浦原の頬を冷たく撫でた。手にしていた書物を閉じ、浦原はゆっくりと振り向いて小さく笑う。
深い夜の闇を背にして、闇から抜け出たような夜一が窓枠に座っていた。髪も肌も、身に纏う衣装も全て闇の色で、その中で眼だけが金色に光っている。
「こんばんは、夜一サン」
軽いが柔らかい声で浦原は声をかける。
「どうじゃ?」
夜一は表情のない顔で浦原に尋ねた。その顔を見て、浦原もゆっくりと笑みを消す。そして、目線を逸らさずに真っ正面から夜一を見つめた。
「あと、二、三日あればいいほうでしょ」
「そうか。時間がないな」
夜一は俯くと、窓枠から飛び降りて音もなく浦原に歩み寄る。開け放した障子からは風が夜一にまとわりついて入り込み、しっとりと潤った褐色の肌から立ち上る微かな花の香りを浦原に届けた。浦原は顔を綻ばせる。その顔を見て、夜一は呆れた顔をし、浦原の隣に座る。そのときだけ、畳が小さく軋んだ音を立てた。
「何をにやけておる」
夜一が軽く睨んでみせると、浦原はわざとらしく笑ってみせる。
「夜一サン、風呂上がりでしょ。いい匂いがしますよ」
「ああ、確か布袋が湯に浮いておったな」
自分の腕を嗅いで、夜一は頷く。
「様々な花の香りがする。花びらでも入ってたか」
「相変わらず無頓着っスねェ」
「まあ、儂のことなどよい。今は、現世へ逃げる手段を考えねばなるまい」
からかって笑う浦原を夜一は射抜くような視線で見上げた。浦原はそれでも笑みを崩さない。ただ、長い前髪の奥にある眼だけを鋭く光らせ、
「夜一サンは、ここに残って下さいませんか」
と呟くように言った。
「夜一サンは、罪があるわけじゃないんスから、大丈夫です。逃走するのはアタシとテッサイだけで」
口元だけは微笑ませている浦原を心底呆れたような目で眺め、夜一は嘆息した。
「馬鹿か、おぬし」
金色の眼がつう細められ、そのままゆっくりと瞬きをした。
「昔、おぬしに申したじゃろう。共に成長し、共に戦うと。幼い頃の言葉を忘れるほどには、儂はまだ年老いてはおらぬぞ。おぬしの頭はもう耄碌したのか? ん?」
夜一の声には揶揄は全く含まれていない。浦原は笑みを消して眼を伏せる。
「まだまだ、間違いを繰り返して迷い彷徨うほどにアタシは若いですよ。そして夜一サンは」
言葉を切ると、浦原は口の中で小さく、綺麗なままですよ、と呟いた。
「ならば、覚えておろう。共に行くぞ」
「……現世まで逃げてしまえば、そのまま追放という形で放置されるとは思うんスよ。尸魂界に影響を与えられないように何らかの処置はされるでしょうし、アタシ達は見張られるでしょうけど、連れ戻されることも殺されることもないでしょう。……でもね、夜一さん」
ここで浦原は大きく息をついた。そして伏せていた眼を上げる。その眼は鋭く、真面目だった。
「アタシらは殆どのものを失わなければならないんスよ」
夜一は即座に答えた。
「承知している」
「お家はどうするおつもりで?」
「当主が失踪しただけで立ち行かなくなるような貧弱な一門ではないわ。直系の血筋は残るし、周囲から色々と言われるじゃろうが……断絶になることはあるまい」
「アナタの忠実な部下の皆さん……刑軍と、あの」
そこで浦原は言葉を切り、珍しく口籠もった。夜一は小さく、
「砕蜂か」
と言う。浦原は頷いた。
「アナタのお気に入りでしょう。手塩にかけて育ててたじゃないっスか」
窺うように浦原はざんばらの、鳥の子色の前髪の間から夜一を見る。夜一は唇を一文字に引き結んで黙り込んだが、ふと緩めて、ほうと息をついた。
「何も知らせる気はない」
「いいんですか」
「巻き込むつもりはない。儂の消えた後のあの席にはあやつが座ることになるじゃろう。それでよい」
「恨まれるかもしれないっスよ」
「構わぬ」
浦原の真っ直ぐな視線をとらえ、夜一は明瞭な声で言い切った。その声の響きに浦原は肩を竦めて、身の内に溜まっていた何かを吐き出すように、大きく息を吐く。そのまま肩をすぼめ、続けて小さく息を吐いた。
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11月05日(月)
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