ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 1
学院入学の日、乱菊とギンはそれぞれ呆然としていた。
式典も終わり、新入生はそれぞれ教室で説明を受けていた。乱菊もまた同様に教室におり、そして教師に呼ばれて教卓の前にいた、そのときだった。
「市丸か!」
「はあ、そうです」
怒り狂って怒鳴る教師にへらへらと吹けば飛ぶような笑みを返して、窓から入ってきた男は、紛うことなく市丸ギンだった。銀色の癖のないさらさらの髪、きめの細かい白い肌、常に笑っているような眼と唇、人を食ったような笑み。ギンは木の葉だらけになってはいたが新品の張りのある制服に身を包んでいる。白い袖には空色の線が二本、同色の袴。初めて見るギンの晴れ姿に、怒るのも呆れるのも忘れて、乱菊は立っていた。
同時にギンも窓枠に片足を掛けたまま、動きを止めていた。窓によじ登ったときに最初にギンの眼に飛び込んできたのは、真新しい制服に身を包んだ綺麗な人の姿だった。白い袖に茜色の線が入り、それと同色の袴。白い着物の線がきれいに出ている華奢な肩の上で、乱暴に切り揃えられた山吹色の髪が映えている。こちらを見つめるのは青い大きな眼。凛々くも愛らしい乱菊の制服姿に、ギンはしばし見とれた。
乱菊は、ギンが窓から顔を覗かせた瞬間に振り向いた。そしてお互いに動きを止め、僅かに強張った顔をしてお互いを見つめた。そこへ教師が真っ赤な顔をして怒鳴りつけてきて、呪縛が解かれたかのようにギンは窓枠から飛び降りた。一瞬だけ視線が外れ、二人は同時に息を付き、そしてまたお互いに視線を向けた。
「市丸!」
教師は声を震わせて怒鳴った。
「君はどうして入学当日早々こんな遅刻をやらかしているんだね! 首席入学だというのに、自覚が足りなすぎる! 君がなかなか来ないものだから、級長を次席の松本君にお願いするところだったんだ……反省しているのか!」
そこでようやくギンが視線を教師へ向けた。にやりと笑い、ギンは教師へ言った。
「ボクなんかよか、その……松本さん、ですやろか、そのお人が級長しはった方がええん違いますか。ボク、こんなんですもんなあ。それに他のお人らも別嬪さんが級長しはった方がええですやろ。なあ」
乱菊を、松本さんと呼ぶときだけ微かに言葉の流れが滞ったが、それは不自然な程ではなく、ギンはさらりと軽い声で最後まで言った。その間、乱菊はずっと押し黙ったまま、ギンを見つめている。
ギンは再び乱菊に視線を戻した。その表情は相変わらず硬かったが、乱菊の全身を見やるように眼を動かし、そして眼から力が抜けて和らいだ。
「ホンマ、制服よう似合ってはる……まるでお姫さんや」
乱菊は僅かに眼を細める。今はもう遠い昔となった頃に与えられたものと同じ言葉は、乱菊の顔から力を抜いた。乱菊は、早朝に綻び始める花の蕾ような微かな笑みを浮かべる。そこに怒りはなく嫌悪はなかった。それを見てギンは手を左胸に当て、大きく脈打つ心臓を押さえて安堵の息を吐いた。
間に立って二人を交互に見やり、教師は大きく溜息をつくと乱菊の方に振り返った。
「仕方ない……松本、やはりお前が級長を務めてくれ」
「………は?」
教師の言葉に、一瞬、狐に摘まれたようになり、そして我に返った乱菊は間の抜けた声で聞き返した。
「君も十分に優秀な成績で入学している。一組の級長は大変だろうけれど、お願いしたよ」
「やあ、えらいすんまへんなあ」
教師の言葉の尻馬に乗ってギンは言い、その笑みは雄弁に、してやったり、と言っていた。思わず乱菊の眉間に皺が寄る。
「……あんたそれでも首席入学? バカなんじゃないの?」
「いややなあ、そんな顔してはると眉間に皺寄りますえ」
ざわついていた教室が静まりかえった。
帰りの報告会が終わると、ギンは教師に職員室に連れて行かれた。教師は自分の席に座ると、その前にギンを立たせて説教を始める。ギンはぼんやりとただ立っていた。そして、何かを思いだしたかのように唐突に笑みを浮かべた。
「……何が可笑しいんだね、ああ?」
目の前でこめかみに青筋を何本も浮かべた教師が、口元を引き攣らせてギンに言う。
「いやいや、ただ入学できて嬉しいなあ、と思うただけですわ」
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06月03日(土)
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