ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 1
引き戸を開けると、春の風が小屋の中に吹き込んできた。
まだ肌寒さを感じさせるそれは、確かにどこかで芽が吹き出した息吹を乱菊に感じさせる。目の前に広がる草原は緑が蘇りはじめていた。太陽の光は優しさを帯び、小屋の裏手に広がる常緑樹の森には、固く縮こまるようにしていた枝々が葉の一枚一枚まで伸びをしているようなのどかな気配がする。長かった冬が終わりを告げたことに、厳しかった冬を生きぬけたことに乱菊は感謝した。
戸を開け放したまま小屋の中に戻ると、乱菊は窓を全て開け放つ。僅かな生活道具が照らし出され、乱菊は目を細めた。ここに乱菊以外の人間の気配はない。
ギンがここを出ていって、もう三ヶ月になる。
ある冬の朝、寒さに目を覚ますと、もうそこにギンの姿はなかった。残された一組の草履。少し開いた戸から向こうへと続く雪上の足跡。音もなく雪が降りしきり、残されていた足跡を覆い隠そうとしていた。
いつもギンはそうやっていなくなった。
二人で暮らしはじめて、もうどれくらい経ったのだろう。この世界での成長はとてもゆっくりとなされる。それでもこの長い年月の中で、乱菊もギンも背が伸び手足が伸び、現世でいうところの十代半ば近くにまで成長していた。その年月で、乱菊は強くなり、ギンは更に強くなっていた。霊力のない人間であれば集団でも軽く追い払えるようになり、もし霊力を持っている人間相手だとしても、殺されるようなことにはならなかった。加えて体力も筋力もついていく。背も手足も伸びていく。ギンと暮らしはじめた当初はよく寝込んでいた乱菊は、同年代の女性と比べても丈夫な部類に入るほどになっていた。
乱菊が強くなるにつれ、ギンが家を出る期間は少しずつ長くなっていった。
ギンが最初に乱菊を置いていってから、しばらくの間は二人で過ごしていられた。数ヶ月、もしかしたら一年以上はギンはおとなしくしていたかもしれない。一緒に起き、一緒に眠る。食料を集めに遠出するときには、ギンは必ず乱菊にそう告げてから出ていった。住処を定期的に変えても二人は一緒だった。だから乱菊も、ギンはまた出ていくかもしれないと感じた自分の予感は気のせいだったと思っていた。
しかし、食料を多く集め、安全な住処を確保したあとに、ギンはそれらを置いて乱菊が寝ている間に家を出ていった。そのときはほんの二日でギンは帰ってきたけれど、乱菊はあのときの自分の予感の正しさを痛感した。
ギンは何も告げずに出ていってしまう。
長い長い年月をかけて乱菊を慣らすかのように、少しずつ少しずつ、ギンは家を出る期間を長くした。それが意図的なのかどうか、乱菊は知らない。ただ乱菊はそれに慣れた。ギンは家を出ていく、ということに慣れた。ギンの残り香の中で一人膝を抱えて、もうギンはここに帰ってこないかもしれないと思うことに慣れていった。
毎回、ギンは乱菊のもとに戻ってきた。けれど乱菊は、ギンの不在を確認するたびにギンは二度と戻らないと感じる。そう感じるのは、ギンが家を出るときには戻る気はないからだろうと、乱菊は思っている。それでも帰ってくるギンが、何を考えて家を出て何を思って帰ってくるのか、乱菊は知らない。ギンは何も語らないし、聞いても曖昧に笑うだけだ。ギンは嘘を付くことはないが、隠していることは多いと思う。ギンが何かを覆い隠すときの笑顔は、乱菊はあまり好きではない。何を隠しているのだろうと、哀しくなる。ギンと全てを分けていこうと乱菊が思っても、ギンは乱菊から隠し続ける。
それでも、乱菊は、ギンを待つことを止めることはなかった。
しばらくぶりに家に戻ってきたギンは、いつも同じ表情をする。ギンを迎える乱菊を見て、乱菊がいることにまるで驚いているかのような顔をする。一瞬、細い目を僅かに見開き、そして静かに何かに耐えているようにしばらく眼を閉じて、じんわりと震える声で「ただいま」と言う。乱菊を抱きしめる腕はいつも何かに遠慮しているようで、しかしすぐに込められている力は強くなる。乱菊の肩に顔を埋めて静かに静かに大きく息を付くギンを感じて、乱菊はいつも、ここにいてよかったと思うのだ。
ギンは、戻ってきたときに自分がいなかったらどうするのだろう。
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03月03日(金)
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