ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■君といられる残された日々を数えているのに
「あ、うう」
口籠もるギンの鼻を摘み、乱菊は冷ややかな眼でギンの眼を覗く。
「あんた、自分の生まれた日がとっくに過ぎてるの、忘れたの?」
「あ」
ようやく思い出して、ギンは間抜けな声をあげた。ギンは二人の出会った日であり、乱菊の生まれた日となった日だけを気にして放浪から戻ってきていたから、自分の生まれた日など念頭になかった。ギンの鼻を放し、乱菊はちょいと鼻をつついた。ギンは眼を瞬かせて、つつかれた鼻を押さえる。花に囲まれた乱菊は少しだけ寂しそうで、ギンは情けなく眉を寄せた。
「あんたを驚かせようと思って色々と歩き回って、ここを見つけて、お祝いに教えてやろうってわくわくしていたのよ、あたし」
責めるような口調ではなく、ただ寂しそうに言う乱菊を見て、ギンはきゅうと胸の奥が痛むのを感じた。乱菊はきっと、理由は判らないだろうけど、自分が乱菊から逃げるときに戻らない覚悟でいることに気付いているだろう。そんなことをおくびにも出さず、ただ寂しそうにだけ言ってみせる乱菊にギンは鋭い痛みを覚えた。
ギンは自分で知っていた。自分の乱菊への感情が、横暴で、自分勝手で、本当には乱菊のことなど一欠片も思いやっていないことを、よく自覚していた。そして、ギンはその感情をもっと柔らかくて優しいものにかえることができないことも、判っていた。
かわいそうだ、と思う。
乱菊はなんてかわいそうなんだろう、とギンは思う。目の前の乱菊は、揺れる花に囲まれて、幻のように可愛らしくて綺麗だった。幻のようなのに、本当は奥歯が見えるくらいに大きく口を開けて笑ったりするし、鼻に皺を寄せて思いきり不機嫌になったりする愛らしい人だった。こんな自分に囚われて、泣いたり寂しくなったりしていい人ではないのに。ギンは思う。思うのに、ギンは乱菊から離れることができない。
ギンはうつむいた。
その途端、殴られた。
「痛ぁ! 何しはるん!」
「何しょんぼりしてるのよ! しょんぼりしていいのはあたしの方でしょうが」
咄嗟に顔を上げると、乱菊は右手を握り拳にして言い放ち、意味もなく胸を張っている。
「さあ、さっさとあんたがすべきことをしなさい! あたしに言うことがあるでしょうが言うことが」
先程までの寂しげな様子は微塵もなく、乱菊はきりっとした大きな眼でギンを見ている。ギンはきょとんとし、すぐに膝に両手をついて深々と頭を下げた。
「おおきにな。それと、堪忍して下さい」
そう頭を下げて、ギンはおそるおそる下から乱菊を覗き見た。
乱菊は澄まして頷いた。
「よろしい」
そして二人で目を合わせると、同時に笑い出した。笑いながらお互いに頭を寄せて額をつける。近くなった眼を覗き込んで、微笑みあった。
「もうすぐ、あたし達が出会った日よ」
「うん、乱菊の誕生日や」
くすぐったそうに乱菊が身を捩らせて笑う。
「なんか美味しいものが食べたいな」
「うん。ボク、いろいろ捕ってくるわ」
「甘いものも食べたいな」
「果物が仰山なる木ぃ見つけたさかい、楽しみにしててな」
ギンが答えるたびに、乱菊は嬉しげに笑う。ギンは花から放たれる霊気と甘い香りに自分が溶けてしまうように感じる。甘くて、痺れて、満たされている。
ふと、乱菊が額を離して空の方を見た。つられてギンも顔を上げる。
「あの向こうに、現の世があるのかな」
ギンは小さく笑った。
「なら、この空みたいな、ずっと下にあるんは三途の川か。そしたら、えらい広い川やな」
乱菊がギンを見て、笑う。
「そうね、川にしては広すぎるか」
伸ばしていた足を抱えて、空に視線を戻して乱菊がぽつりと呟いた。
「いつか、あたし達、また戻るのよね。あっちに。空に落ちて」
「……多分なあ」
するりと自分の手のひらに、乱菊の柔らかな手が滑り込んできた。その小さな手を握り、ギンも空を見る。風が吹いて、花びらが舞い上がった。鮮やかな色彩が舞い上がり、ゆっくりと二人に降ってくる。
いつか、空に落ちていく日がくるとしても。
いつか、乱菊から離れる日がくるとしても。
握るギンの手に力がこもった。
まだこの手を放したくない。まだ、今は。
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01月16日(水)
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