ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 11
腕の下から乱菊の抵抗が消えた。思惑通りの反応に、ギンは顔を歪めて笑う。勘の良い乱菊のことだから、これを言えばそれが本心から出てきた言葉だと悟ることはギンには分かっていた。そしてこの言葉が、ギンの本心とは別の意味に響くことも、よく分かっていた。それでいい、そう思った。思ったから、ギンは積年の感情を口にした。
力を緩めても乱菊の抵抗する様子はなく、ただ力の抜けた体がそこにあった。押さえ込む手を外し、ギンは乱菊の体の下に腕を回して抱きしめる。
「ギンは、あたしのことが嫌いだったの?」
乱菊が呟いた。ギンはそれには答えられない。
「ギンは、気紛れであたしを拾ったの?」
独り言のような問いに、それでもギンは答えられない。
「……拾ったのに、拾ったならあたしはギンのものなのに、どうして?」
虚ろに響く小さな声。ギンは白い背中に顔を寄せた。背中の、まるで羽を削ぎ取られたような肩胛骨の部分を口に含む。汗で塩辛いが、甘い匂いがするのはなぜだろう。
「拾いもんがボクのもんなら、ボクが乱菊をどう好きにしようと、勝手やろ」
黙り込む乱菊に、ギンは覚られないよう歯噛みする。でもこれでいい。これでいいとギンは繰り返し自分に呟いた。
ギンが背骨に沿って舌を這わすと、乱菊は無言のまま体を強張らせる。焦らすようにゆっくりと首まで舐め上げて、肩を噛む。乱菊の体が震えた。
「拾ったもんを、好きにして、放っておいて、気紛れにかわいがって、壊して、壊れたら捨てる。それだけや。それで終いや。明日からボクら知らんもん同士、そういうことにしとき。乱菊は、自分の好きにし。ボクもボクの好きにするわ」
額を乱菊の後頭部につけて、ギンは自分に言い聞かせるように、低い声で言った。
「ボクら二人きりの暮らしはもう、お終いなんよ。ほんなら、ここで丸ごと新しくしてしまい?」
乱菊は空っぽになっていた。
その空洞には言葉も何も浮かばない。乱菊が黙り込んでいると、ギンも無言になった。部屋の中には荒い息づかいしか聞こえない。
ただ体の反応に身を任せていた乱菊は、それでもギンの手つきが乱暴に見せかけて、でも乱菊を痛めないようにされていることに気づいていた。ギンが全体重を自分にかけないようにしていることに気づいていた。乱菊が呻き声を上げると、一瞬、動きを止めることに気づいていた。
目の前の布団をぼんやりと眼に映し、乱菊はギンに伝えたかったことを思い出す。
今はもう遠い遠い八十地区。最後の集落での隣人の女との会話。帰らないギンを待つ弛緩した時間。
あのとき、乱菊は恋を知らなくていいと思っていた。帰らないギンを待って、そのまま自分が終わる、それでよかった。乱菊の根幹にギンはいた。それを揺らがせるほどのものがあるだろうか。ギン以外に、それを揺らがせるものがあるだろうか。乱菊が望む望まないにかかわらず、ギンは乱菊に深く根を下ろしていて、もう不可分の存在になっていた。
たとえ恋がやってきても。
あのとき、乱菊は思っていた。
たとえ恋がやってきたとしても、それでもギンの存在を越えることはないだろう。乱菊は続けて思う。もし自分が人に体を許せることがあるとしたら、それはギンだけではないだろうかと。
そう思った。そう思っていた。
だから本当に、こんなことでギンを憎むはずはなかった。乱菊は眼だけを動かして、自分の肩を押さえる大きな手を見た。細長い、節の出た指が肩を掴んでいる。それは決して外れなかったが、痕がつくほどの力ではない。乱菊は横腹に触れるギンの手を意識した。その手は体を刺激し震えさせるが、その指先の感触は柔らかだ。
ギンが何を考えているのか、わからない。
ギンに何が起きたのか、わからない。
乱菊から離れたかったという言葉は本心だろうと、乱菊は感じていた。その言葉に衝撃を受けたのは本当だ。愕然とした。その次に哀しみが溢れた。続けられるギンの言葉に深く抉られて、乱菊の中から哀しみすら失せた。
けれど、ギンから伝わるこの、感情にすらなっていない何かは乱菊をそっと揺すり続ける。肌に伝わるこの何かは決して嘘ではないと、乱菊の体が消え入りそうに小さく叫ぶ。
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05月02日(火)
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