ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 8
森の中に飛び込むと、ギンは気配を探りながら辺りを見回し、人がいないことを確認すると枝振りの良い樹によじ登った。ここで一晩を過ごすつもりだった。
樹の中途ほどの枝に腰掛け、幹にもたれてギンは、今日初めて息をついた。一睡もしていない、走り続けた体が鉛のように重い。このまま樹の中に埋もれていくのではないかと思うくらいに、体が沈み込む。それでもギンに睡魔は訪れない。目を瞑ると、乱菊の姿が思い出される。
先程の、視線を送らないようにして視界の隅で捉えた乱菊の姿は、見たことのない、おそらく上等の着物をきて、とてもきれいだった。ギンは微笑みを浮かべる。どこで着替えを手に入れたのか分からないが、乱菊が自分と同じような血塗れの姿でいなかったことにギンは心底ほっとした。あれならば、自分と乱菊が関係づけられることはないだろう。
ギンは悩んでいた。このままどこかに一人で逃げれば、乱菊は自分との関係を藍染に悟られることなく幸せに暮らせるのではないだろうか、と筆記試験の最中に、ずっと考えていた。ただ、ギンには、藍染から逃げ切れる自信がなかった。今の自分では感知できないほどの実力差が、ギンと藍染の間にはあった。流魂街は広大だ。もしかすると可能なのかもしれないが、藍染の実力が掴めない分、逃げきれるとはギンには考えられなかった。だから、乱菊を連れて逃げるという考えはなかった。
自分が死んでしまえばいいのかもしれないとも考えた。しかし死神が、もし魂の行方を追跡できるとしたら。乱菊との生活を失って、乱菊を忘れ去り、その上あの男に捕まることを想像すると、ギンはその選択肢も捨てた。
なにより、ギンには乱菊と別れて生きることが考えられなかった。微笑みが消え、ギンの体は、何に向かってぶつければいいのか分からない憤りに、震えた。乱菊に会いたかった。抱きしめて、無事を確認したかった。ただそれだけのこともできない現状に、ギンはただ歯噛みするしかなかった。
空き家に戻り、そこに散乱したものを見て乱菊は溜息をついた。
ギンは戻ってきていなかった。
昨夜、乱菊が散らかした小枝や小話集のそばに、着物や筆が落ちている。それらはギンが昨日集めたものだろうと思い当たり、乱菊は手を伸ばして拾い始めた。昨夜、ギンはここに戻ってきて、異変に気づいてすぐに乱菊の気配を追ったのだろう。集めたものを放り出し、走り出すギンを想像して、乱菊の眼から涙が零れる。自分は間違ったのではないだろうか。振り返らないギンの背中を思い出し、乱菊は声を上げて泣き出した。
どれくらい泣いたのだろう。ギンとは違う人の気配に顔を上げると、すでに空は茜色に染まっていた。近づいてきたのは、昨日、まさにこの道を歩いていた姉妹だった。乱菊は涙をふいて立ち上がった。
「昨日は、妹を助けてくれて本当にどうもありがとう」
背の高い、姉らしき少女が頭を下げた。もう一人の少女も頭を下げる。この小さい方の少女が、昨日、攫われかけていた少女だった。
「ごめんなさい」
「ううん。いいの。無事でよかった」
「怖かったでしょう。ごめんなさい、本当に」
「ううん。あなた達が呼んでくれた空鶴さんがいなかったら、あたし、試験に間に合わなかったし。あたしは無事なんだし。本当にいいの」
泣きそうになっている妹を見て、乱菊は微笑んだ。間違ったのかもしれないと思うのは変わらないけれど、それでもこの少女が無事だったことは良かった。
「ここにいてくれて良かった。どこに行けばお礼を言えるのか、わからなかったから。志波様のところに行っても、いなかったし」
姉の少女がほっとした様子で微笑んだ。その言葉に、乱菊は自分の着ている着物を見た。
「あたし、空鶴さんに着物返さなきゃ。今、いらっしゃるのかしら」
「うん。一緒に行こうか?」
「ありがとう。猪に乗っていたから、道がよくわからないの。……ついでに、この着物の洗い方も教えてもらえないかしら」
着物の裾を摘んで、乱菊は恥ずかしくなって俯いた。初めての柔らかい手触りは、この着物が乱菊が着たこともない上質のものだと教えている。普段の着物は、川でざぶざぶと、足で踏んで汚れを落としていたが、これをそうするわけにはいかないだろう。
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04月16日(日)
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