ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 1
奥方が顔を顰めて、どことなく声も低めて言う。乱菊も釣られて顔を顰めた。ときどき、そういう人買いが現れる。ここでは生きていけない子供や女性を連れて行く。けれど、連れて行った先でその人達は生きていけるのだろうか、と乱菊は思う。自分もまた、弱かった頃はよく狙われた。あの悪寒を伴う嫌な感じは、決して自分の考えが外れではないと思わせる。
「私達の集落からは連れて行かれる人はいないと思うけど、女の人達は攫われないように家に閉じこもってるの」
「奥さんはどうしてここに来たの」
「乱菊ちゃんがまだ知らないと思って」
奥方はそう言って、乱菊に向かって微笑んだ。この人は霊力があるわけではないが、体術に長けている。小屋にいなかった乱菊を心配して探していたのだろうと気づいて、乱菊は申し訳なさと嬉しさで顔を赤らめる。
「乱菊ちゃんは強いから大丈夫でしょうけど、一応ね。狙われてしまうと怖いから、様子をうかがって帰りましょう。ここは多分、たんなる通り道でしょうからすぐにいなくなると思うの」
「通り道って?」
「ほら、ここは西の大路への通り道なの。よく商隊とかの集団が通るのよ」
この集落を住処に選んだギンの意図が分かって、乱菊は眉を顰めた。奥方が問うような表情をしたので、慌てて乱菊は笑みを浮かべるが、内心は少し腹が立っていた。
ギンはいつもそうだ。乱菊は心の中でギンに向かって文句を言う。ギンはいつも乱菊に選択肢だけを示す。待つことと、待つのをやめること。かわいがってくれる人と一緒に暮らしてもいいし、数字の小さい地区へ移動する集団に加わってもいい。人買いに攫われるよう考えているわけではないことは分かっているが、とにかくギンは、まるで乱菊に待っていて欲しくはないかのようだ。ならばどうして、帰ってきたときにあんな顔をするのだろう。乱菊は、ギンのその、徹底できない弱さが嫌いだ。嫌いで、なのにとてもいとおしく感じる自分がばかみたいだと思う。
乱菊の微妙な百面相を勘違いしたのか、正確に理解したのか、奥方は乱菊の目を覗き込むように笑って、
「ギンちゃん、商隊に紛れてひょっこり帰ってこないかしらね」
と言った。乱菊は苦く笑う。
「ギンはいつもふらふらしているから、別にいいの。もしかしたら帰ってこないかもしれないけど、あたし、ここの暮らし好きだし」
それは半分嘘で半分は本当だ。乱菊は、この八十地区では貴重な穏やかなこの暮らしを楽しんでいた。強盗の集団が来ることもないわけではないが、統率されたこの集落では殺される人もいなかった。血の流れない日々が嬉しくて、乱菊はのびのびとしていた。これでギンがいればいいのに。それだけが棘のようにちくちくと乱菊の胸の中にある。
大人びた顔で苦笑いをする乱菊の頭を奥方がそっと撫でた。今度は乱菊は年相応の顔で苦笑いをする。
「ギンちゃんにも困ったものね」
「これまでもしょっちゅうあったの。いいの、帰ってこなくても。あたし、強いから一人で暮らせるもの」
「乱菊ちゃんはもてるから、ギンちゃんがいないと一人にはさせてもらえないでしょう」
「うーん、最近、ちょっと煩いかな。なんなのかしら、あれ」
「ギンちゃんが帰ってこないから、この隙に乱菊ちゃんを恋人にしたいと思っているんでしょうよ」
奥方の言葉に乱菊は思いっきり不機嫌になった。
ここ一月ほど、春が近づくにつれて人々も浮かれてきたのか、集落に数人いる若い男達が乱菊に付きまとうのだ。何をするでもなく、話しかけてきたり周りをうろうろしてみたりなので、明快さを求める乱菊は不愉快になる。ギンがいた頃はそんなことはなかったので、やはりこの隙に、ということなのだろう。
「鬱陶しいのよ、あの人達。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに」
「ふられることがわかっているから言えないのよ」
「そりゃあ、ふるわよ。作業の邪魔をするし、夜には小屋の周りをうろうろされて気持ち悪いし」
「……そんなこともあったの?」
「あたしが怒りのあまり霊圧を跳ね上げたら、帰っていったわ」
「……乱菊ちゃんの方がはるかに強いから、その点は心配してないけど」
奥方が溜息をついた。
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03月03日(金)
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