ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■エチュード五題03
 乱菊の髪を一房とると、ギンは少しだけ体を屈めてその山吹色の髪に唇を押しつけた。視界をその暖かい色が染め、ギンは細い眼を更に細める。
 近づいたギンの頭に、乱菊は額をこつんと付けた。
「ギン。あんた、約束、覚えてる?」
「覚えとるよ」
「あたし、今でもあんたが怪我すんのも、病気になるのも、危ないことに自分から突っ込んでいくのも、死ぬのも、全部嫌よ」
「うん」
「ただあんたが元気で、あんたの姿が見られれば、それでいいのよ」
 額に感じる乱菊の吐息に、ギンは眼を閉じた。数年に一度あるかないか、こうしてほんの少しだけ触れて、ほんの少しだけ言葉を交わす。それでいい。それだけでいい。乱菊が生きてさえいてくれれば。ギンは、それ以上を望めない。
「うん……ボクも、乱菊に、そう思うとる。」
「あんたがそんな顔してると、なんだか無茶をしそうで、言っておきたくなるのよ」
 ギンは視線だけを上に向けて乱菊を覗き込んだ。
「どんな顔しとるんよ」
 乱菊は苦く笑って溜息をつくと、書物を片手で持って、空いた手の、指先だけでギンの頬を撫でた。
「こんな顔よ。気づいてないのね、相変わらず」
 少し乾いたその指先の感触に、一瞬、ギンは乱菊に手を伸ばしかけ、止めた。人の気配が廊下の遠くに感じられ、二人は同時に触れていた指を離す。
「じゃあ、あたし、もう行くから」
「うん、ボクもうちょお調べとるわ」
 乱菊がギンのわきをすり抜けて扉へ向かう。開く音がしたときに、ギンは振り返った。扉を閉めようとする乱菊と眼があって、お互いにかすかに微笑みを浮かべ、そして扉が閉じられた。






『目が覚めたら』

 瞼の向こうに朝の光を感じることが怖かった時期がある。
 目を開けて、隣を見て、そこにはただ空間が残されているだけなんじゃないかと、それを見るのが怖くて、夢うつつのところで目を覚まさないように眠りにしがみついていたりした。殆どの場合はちゃんとそこにその姿はあって、目を開けると、笑って「おはよう」と言われるのだけれど。
 それでも、あの、残された空間があるんじゃないかと怖かった。
 また置いていかれた、というあの虚無感が怖かった。

 痛いくらいの夏の朝の陽射しに、乱菊は目を覚ました。

 もう隣には誰もいない。
 不在を示す空間を恐れることもなくなったけれど、あの、人を食ったような顔の作りの、柔らかなやわらかな微笑みで言われる一言はなくなった。
 隣にいた奴は今、羽織を翻して遠いとおいところに立っている。

 また一日が始まる。











 場所も時間もばらばらの、ギンと乱菊の日々を切り取った小話です。長編から切り取られた部分を、こうやって書いていければと思います。御題配布サイト様、ありがとうございました。
 追加:『たったそれだけ』で乱菊さんが言っている「約束」の部分は、長編三番目のラストでの会話のことです。この長編をずっと念頭に置いて書いていました。そうやって、書いてもない話を念頭に置いて書くのもどうかとは思うのですが、やっと長編もできて、繋がりが出てきました。ちなみにこの「約束」は、『その先の5題01・嘘の約束』でも出てきます。

02月01日(金)
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