ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■君といられる残された日々を数えているのに
花々の咲き誇る草原は緩やかな上り坂になっていて、その向こうには空しか見えない。乱菊はゆっくりと無言で登っていく。そしてふいに振り返り、
「気を付けて歩くのよ」
と言ってギンの手を離した。
「何やねん」
首を傾げてギンは名残惜しげに乱菊の手を離れ、乱菊を追い抜いて進む。数歩分だけ進んで、細い目をわずかに開いて足を止めた。
十数歩先は、何もなかった。
乱菊を振り向くと、乱菊は笑ってギンに近づいて手を伸ばしてきた。その手を取って、再び手を繋いでギンと乱菊は崖に向かう。青い空はどこまでもそのまま広がっていて、空の下に海があるのか、それとも空しかないのか判らない。
崖の縁に立ち、見下ろしてギンは息を呑んだ。手の届かない、その距離さえわからないほどの遙か下に、揺れる白いもの見えている。波なのか、雲なのかさえ判らない。ただ、波の音は聞こえなかった。あまりに非現実的な、高いのか深いのか判らないその光景に、恐怖すら感じない。
隣の乱菊もまた平然とした顔で、そのまま座り込んだ。そして尻をつくと、伸ばした足を崖で揺らしてギンを見上げた。
「乱菊、全く怖ないみたいやね」
呆れて言うと、乱菊はへらりと笑う。
「だってここまでこんなだと、嘘みたいじゃない」
乱菊は自分の隣の地面をぽんぽんとギンに示した。ギンは苦笑して、しかし同じように座る。
目線が下がると、花に囲まれたように感じる。二方は花に、もう一方は乱菊に、そして目の前は青い空になった。ギンは大きく息を吸い込む。花から放たれる霊気と甘い香りがギンを満たした。
乱菊は遠い目をして前を見ている。
「ここ、すごくきれいでしょう」
「そうやね」
「それで、なんだか嘘みたいなところでしょう。山の上なのにこんなきれいな花畑も、こんなに登ったとは思えない高い崖も、空だか海だかよくわからない青い光景も。全部がさっき、あんたが言ったみたいに、夢の中みたい」
ギンは無言で頷いた。乱菊はぽつりと呟くように言った。
「だからやっぱり、あたし達が暮らしてるこの場所はあの世なのね」
横を見ると、乱菊は遠い目をしたままだった。ギンもまた前に目を移し、遠い空を見る。風が吹いて、二人の髪を揺らした。金と銀の光がこぼれ落ちるのが目の端に見える。
「死んでからも同じような暮らしで、危なくて、お腹空いていて、なんで死んでまでこんなって思ったりもするじゃない。でも、こんなきれいな、現の世では絶対見られないようなところがあるって判ると、ちょっと死んじゃってあの世にきて、この地区に落とされちゃったけど、まあ良かったかな……って、思うかなあって」
そう言って乱菊はギンを覗き込むように上目遣いで見上げた。
ギンはその青い眼を見て迷う。
ここに来て良かったと、乱菊に出会ってからギンはずっと思っている。確かに、死んだのにどうして更にこんな日々が、と思うこともあった。しかし乱菊との出会いで、ギンはここに落とされて良かったと思うようになった。死ぬまでのおぼろげな暗い記憶も、死んでからの荒んだ日々も、全て乱菊と出会ってからの時間のなかで薄れて、ギンにとってはただの過去になっている。そんなことを告げていいものだろうか。ギンは逡巡する。
結局、少し眼を泳がせるとギンはうつむいて一言だけ、
「思うとるよ」
と呟いた。乱菊の青い眼があまりに澄んでいて、ギンはその眼を見ていられなかった。
「今日、ここに来て驚いた?」
「うん」
「ここに来て良かった?」
「うん」
重ねられる問いに、せめて何か伝わるようにギンはただ深くふかく頷いた。
その様子を見て乱菊が満足げに、ふふん、と鼻を鳴らす。
「なら、これでお祝いになったわね」
「は?」
何のことか判らずに顔を上げると、乱菊が呆れた顔をする。
「あんたねえ……さっき、あたしに尋ねたわよね? 怒ってるのって。これじゃあ、あたしが怒ってる理由が判ってないわね」
話ながら怒りを思い出したのか、乱菊の眉がぴくりと上がる。雲行きの怪しさにギンは狼狽えた。
「ら、乱菊?」
「まあ何にも気付いてないんだろうなとは思ってたけど?」
「す、すんません」
「判ってないのに謝るし」
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01月16日(水)
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