ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■扇
「その中国の故事を下にした日本の話からきている言葉で、扇の別れっていうのがあるもの。再会を約束して別れることよ」
「え、でも別れるんですか」
「んー。元々の話はね、男と女が出会って恋に落ちるんだけど、男は帰らなきゃいけないからって、再会を約束して扇を贈るのよ。でもなかなか男は戻らないから、お前は捨てられたって女の人は周囲に言われて、追い出されるのね。で、放浪してついにま物狂いになるんだけど、それでも扇は手放さないの。まあ、最後にはちゃんと男に出会えて、よかったね、って話」
弓親はきれいな形の眉を寄せて考え込んだ。
「美しいのか、そうではないのか」
「どうしたの?」
「いえ、想うあまり狂うのならば、そこまでならば美しいかな、と。でも僕は執着そのものは美しくはないと考えているので」
その言葉に乱菊はかすかに眉を寄せて、ふっと笑った。その笑みは見たこともない、消えそうな笑みで、弓親の胸の内はしんとする。
「まあ、そういうこともあるんじゃないの」
乱菊は囁くように言う。
「再会を約束する扇なんてものが目の前にあれば、諦めきれないでしょう。でも逆に、約束を形にしてくれるなんて、しあわせよね…………何もなくただ置いていかれるのは、少なくともあたしはあまり好きじゃないわ」
乱菊の眼はどこか遠くを見ていた。弓親は無言で茶を飲んだ。
そのときひゅっと小さく口笛がした。
びくっと二人の体が反応し、同じ方向を振り向いた。
「なら出かけるときは扇贈った方がええんやろかねえ」
「……市丸隊長」
二人同時に呟いた。銀髪の隊長が気配もなくそこにいた。
「驚かさないでくださいよ、市丸隊長」
完璧な笑顔で乱菊がそう言った。ギンはへらりと笑う。
「通りかかったら十番隊副隊長さんと十一番隊五席さんが茶ぁしてはるやろ。ええなあ思うて、寄ってみたんやけどね」
「なら気配を消さないでくださいね」
「で、仲良う何してはるんやろか」
「弓親が誕生日を迎えたので、奢ってるんです」
微笑み合う二人を眺め、弓親は首を傾げた。二人は同期だと聞いたことがあるけれど、その割に隙を見せない会話をしているように感じられる。唇に指をあて、見定めるように眼をつうと細めたとき、ギンがひょいと弓親に振り向いた。
「おめでとさん、五席さん」
「ありがとうございます、市丸隊長」
立ち上がって礼をしようとするとギンに止められた。ええから座っとき、とギンは弓親の肩を叩き、そして懐から懐紙に包まれたものを取り出した。
「ならボクから贈り物や。つまみにでもしたってや」
「ありがとうございます」
「何ですか、それ」
「えいひれ……ちょい、笑うたらあかんで。これほんまに上等なもんやで。驚くで、笑うたらあかん」
唇を震わせている乱菊に、ギンはそう言って、けれど自分も苦笑した。ふっと柔らかい空気が流れたことに気づき、弓親は目の前の二人を見比べる。乱菊とギンはお互いを遠くを見るように見ていた。
「よう分かった。もうすぐやし、ちょうどええ。このえいひれ贈ったるわ。笑えんようになるで、感動で」
「ありがたく戴きますわ。お待ちしております」
「それとも、扇贈ったほうがええやろか」
乱菊は動きを止めて、じっとギンを見上げた。そしてふっと笑う。
「形のある約束をしないと待っていられないような女じゃございませんし、市丸隊長をお待ちすることも特にないので結構です。どちらかというと常に執務室で隊長のお戻りを待っているイヅルに贈ってあげた方がいいんじゃないですか」
「男に贈ってどうするんや」
ギンがにやりと笑った。
「さすがは十番隊副隊長さんやねえ。ほな、邪魔してもうたね」
弓親が何か言う前に、ギンは羽織を翻して背を向けた。ひらひらと右手を振って、ギンはゆっくりと店を出ていく。
その逆光の背を見送って、乱菊が溜息をついた。弓親は少しだけ躊躇し、そして訊いた。
「乱菊さん」
「なあに」
「もうすぐだしちょうどいいって、何がですか」
乱菊はふふっと口元を綻ばせた。
「あたしの誕生日がもうすぐなのよ」
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01月03日(木)
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