ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■25 亀裂
僕達は進歩しなければならないんだ。停滞は倦怠を産み、やがてそれは衰退を招く。
僕達の衰退は世界の衰退に等しい。そう思わないかい。
あの日、あのように浦原に向かって言ってしまったのはやはり間違いだったのか。
歩きながら過去の日に自分が告げた言葉を思い出し、藍染は小さく笑った。
技術局の門をくぐり、藍染は無機質な建物を見上げる。細い窓が並ぶそこは、技術局の中でも機密性の高い研究が行われている建物だった。多くの窓は開かれることなく、その内側で行われていることが外に漏れないように閉めきられている。その中に、浦原の研究室の窓もあった。藍染はそれを探すように見回し、一人小さく苦笑した。どれもが同じ作りをしているから、覚えておかないと、どれが浦原の研究室の窓なのか判らなかった。
袖の中で腕を組み、藍染は穏やかな顔で建物を見上げている。藍染は、浦原が自分を呼びつけた理由を予想していた。浦原に崩玉を破壊すると言われたあの日から、藍染は浦原との間に流れる微妙な緊張感に気づいていた。これまで完璧だった藍染の笑顔には、あの日、僅かではあるが確かにひびが入った。一度入ってしまったひびを埋めることはできない。その小さな亀裂は少しずつ深く進み、ぱらぱらと笑みは剥がれ落ちていく。亀裂はそのまま浦原との間に走り、それは確実なものとなっていた。
浦原はその亀裂に気づいている。
彼が確実に自分を危険視していることを藍染は理解していた。
あの発言は不用意だった、と藍染は判っていた。しかしあの日、せっかく造り出した物質を壊すという言葉に藍染は本当に驚愕していた。研究に対する浦原の前のめりの姿勢を見て、藍染は浦原が自分と近い位置に立つ死神だと考えていた。停滞を憂い、倦怠を嫌悪し、矛盾に満ちた世界に飽きた者だと、そう考えていた。
裏切られた、とすらあの日の藍染は感じた。しかし今の藍染はそのときの自分を笑う。あの頃の自分は、自分にはない才能を持つ浦原の、その技術に能力に才能に眼を眩ませていただけなのだ。よく考えれば、浦原が世界を完全に見捨てたりしないことを、藍染には判っていたはずだった。
浦原の世界を統べる漆黒の女神を、藍染は忘れていた。
人はいつも自分を基準として物事を捉えがちだと藍染は思う。藍染には女神などいない。藍染の世界は自分だけのものであり、中心には自分が立ち、他の誰も立ち入ることを許されてはいない。
だから藍染は想像できていなかった。世界の構造の矛盾にも人の世のくだらなさにも全てを薄汚く覆う血の色も気づくだけの眼力を持った浦原が、それでも女神が中央に立つ世界を美しいと思っていることに。
浦原が、まだ世界に飽き飽きしていないことに。
藍染は柔らかい微笑みを浮かべたまま、建物の内部に足を踏み入れた。痛いほど静かな廊下に硬い足音を響かせて藍染は進む。人気はなく、誰とも擦れ違わないまま藍染は階段を昇り始める。どこかの部屋から何かの機械の作動音が地を這うように響いてくる。
薬品臭がかすかに漂う中を、藍染はゆっくりと歩いていく。浦原の研究室は一番奥にある。局長だというのに浦原の研究室もまた、一般の研究員と同じ広さで、ただ奥にあるということだけが彼の地位を示していた。冷たく鈍く光る金属の扉が近づいてくる。いつ訪れても同じ光景が藍染を迎える。藍染はいつかの光景を思い出して、わずかに笑みを消した。重い金属の扉を開けると、何に使うのか判らない管や機械の向こう側にいる浦原が振り返り、そして胡散臭い笑みを浮かべるのだ。いつかの日も、あの日も。
そして今も。
藍染は人好きのする笑みを浮かべた。
「どうしたんだい、浦原。何の用かな」
いつものように柔らかく笑って扉を開けてきた藍染を、浦原もまた笑って出迎えた。千年以上も変わらない藍染の笑みを見ていると、どうして彼に対して不安に感じるのだろうと不思議に思わずにはいられなかった。しかし、浦原の奥底にあるものが、あの日から藍染に対して激しく警鐘を鳴らし続けている。浦原は勘というものを信用していた。危険を察知するということにおいては、勘という名の本能は、経験などの裏付けもなく当人に確実なことを報せている。
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11月25日(日)
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