ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■22 奴隷
 藍染の手にある書類を覗き込もうと、雛森はその体の傍に立った。そうすると微かな金木犀の香りがした。隊舎の中庭に金木犀が愛らしい花を咲かせていたことを思い出し、その傍らに佇んでいた姿を思い浮かべる。
「この件なんだけど、これはとても良くできていると思う」
「ありがとうございます」
「ただ、こちらの方だけどね」
 そこで言葉を切り、藍染は真面目な顔で雛森を覗き込む。その眼に雛森は息を止めた。
「これだと少し足りないのではないかと思うんだ」
「はい、えーと、どうすれば良いでしょうか」
 藍染は書類をめくると、説明図を指さしながら幾つかの点を説明する。その流暢で淀みない言葉に、雛森の思考はゆるゆると沈み込み流れゆく。
「判るかな」
「はい。それではこれらの点を変更した報告書を作ってきます。もう少しお時間を頂けますか」
「すまないね。君の案も良く出来ているのだけど、より良くするためだからね」
「はい」
「一緒に頑張ろう」
 申し訳なさそうに眉を寄せた藍染はそこで微苦笑を浮かべるが、雛森は逆に幸福感で満たされていた。仕事を無責任に投げるだけではなく、信頼をし、共に考え、より高いところへと引き上げようとしてくれる上司を持って、本当に恵まれていると雛森は思っている。
「いつもありがとう。雛森君」
 雛森は胸がいっぱいになって喉が塞がれて、何も言えずに礼をするしかない。


「お前、盲目的すぎるんじゃねえのか」
 幼い頃から共に過ごし、今は十番隊隊長としている日番谷にそう言われて雛森はむくれた。
「何よ、それ。そんなことないわよ」
 雛森は唇を尖らせて反論する。
「まず藍染隊長がそんなことをお許しにならないもの。隊長は、ちゃんと冷静に自己分析し、自己評価しなさいって仰るんだから。それに、隊長の仰ることを丸飲みしているわけじゃないんだよ。自分で考えて行動してるもん」
「でも藍染の言うことそのままじゃねえか」
「隊長ってお呼びしなきゃだめでしょシロちゃん…………そのままじゃないよ。自分で納得してるし、それに、藍染隊長は私をより高みへ引き上げてくれようと助言を下さるだけだよ。それが正しいなって私が思うだけ」
 雛森は真っ直ぐな曇りのない眼をして日番谷を見る。日番谷は眼を伏せ、呟く。
「藍染が全て正しいとは限らねえんだぞ」
「判ってるよ」
 日番谷の小さな声に、雛森は確かに頷く。
「藍染隊長の全てが正しいなんて思わないよ。……でもね」
 雛森の声色が甘く柔らかくなる。
「藍染隊長はいつも、正しくあろうとしていらっしゃるの。間違いは認めて、それをすぐに正して、深く深くお考えになって。ご自分のことも周囲のことも……あたしのことも。だからこそ尊敬してるの。お側でお役に立ちたいの」
 その声の響きに、日番谷は眉を寄せて眼を閉じた。


「雛森君」
 藍染は木漏れ日のような暖かい気配を滲ませて雛森を呼ぶ。それは肌に触れて雛森を仄かに暖めるから、雛森はその度にじわりと熱を感じる。
「はい」
 処理していた書類から顔を上げ、雛森は藍染に振り向く。逆光の藍染の表情はよく見えないが、多分優しく微笑んでいると雛森は思う。
「ちょっとこちらへ来てくれないか」
「はい」
 雛森が立ち上がって藍染の横に向かうと、藍染は窓の外を指した。見ると、そこにはちらちらと雪が舞っている。
「初雪ですね」
 嬉しさが含まれた声で雛森が笑うと、藍染は微笑んで頷いた。
「今夜は雪見酒かな」
「いい理由ができましたね」
「いやいや、美しい季節を味わうのは義務だよ」
 雛森はぴくりと体を揺らした。藍染の手が、触れるか触れないかのところで肩に回されていた。その手は少し躊躇したように留まり、そっと離された。
「雛森君も、一緒にどうかな」
 申し訳なさそうな表情で藍染が言う。雛森はただ見上げて、頬の熱さを感じながら頷く。何も期待をしてはいけないと思う。何も期待なんてしていないと思う。それなのに雛森の頬は熱を帯び体は熱を発し、その熱に輪郭を失いゆるりと溶ける何かが憧れに尊敬にゆるゆると混ざっていく。




「雛森君」

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11月22日(木)
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