ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■18 毒娘
「はい」
「これから一週間、俺とこいつで、アンタの微調整をしていきます。義魂と義骸の連携を向上させ、人間としての基本動作を習得するということです。アンタには知識は既に入れてありますが、それを実際の経験としていく必要があるからです。分かりますかね」
ネムは頷いた。そこに何の表情も見られないことに、阿近はこの一週間の作業を想像してうんざりする。溜息を喉の奥で殺して、阿近は説明を続けた。
「俺らには他の仕事もあるんで、交代でアンタにつきます。もし二人ともいない場合には、現世の映像を見てもらいます。参考になるでしょう。いいですか」
「分かりました」
ネムは立ち上がった。その所作に音はなく、阿近は何か別のモノを見ているような気がして、そして慌てて立ち上がった。
「どうぞよろしくお願いします」
深々と、ネムは頭を下げた。黒髪がさらさらと微かな音をたて、背から流れ落ちた。
六日が経った。
教育は順調に進んだ。ただ一つを除いて、ネムの動きは滑らかになり、咄嗟の出来事に対する反応速度は上がり、一通りのことは習得したように見えた。
ただ一つ。表情を除けば。
「どーうして、あたしが手本なのに表情が出てこないんでしょう」
局員の少女が頬杖のまま呟く。阿近も肩肘を机について、手に顰め面の顔を乗せていた。横ではネムが姿勢を正したまま、手を膝の上でそろえて座っている。相変わらず微動だにしないが、ときおり、自主的に目の前の茶を飲むようになった。
「あたし、この六日間、ものすごく表情豊かだったんですけど」
「いつも通りじゃないのか」
「一応は意識してましたよ」
「……赤ん坊は、見ているうちに覚えていくもんなんだがなあ」
阿近はネムを横目で見やる。その横顔はあまりにも整っていて、本当に人形のように見えた。表情がない。表情はどうして出てくる。感情。
感情が、ない。
阿近は盛大に溜息をついた。少女とネムが同時に阿近に注目する。
「どうしたんですか」
少女が尋ねた。
「どうもこうもなあ、すぐに表情をつけろってのも無理なんだよな」
「どうして」
「感情がまだないんだよ。ないっつうか、感情と表情が結びついてないっつうか。専門外だろ、これ」
阿近は机の真ん中に置いてあったお茶請けの菓子を手に取ると、ネムに渡した。
「食べてみて下さい」
「はい、分かりました」
ネムは一口、菓子を口に運ぶと咀嚼して飲み込んだ。そして阿近を見つめる。
「どうですか」
「甘味を感じます」
「それをどう思いますかね? 心地よいとか、嫌悪を感じるとか」
阿近の言葉にネムはしばらく動きを止めた。それを見逃さず、阿近はネムに言う。
「今、ネムさんは考え込んでるんですよね」
「はい、適切な言葉を検索しています」
「そういうときは、こういう動作をします。ほれ、やってみせろ」
いきなり阿近にふられ、少女は戸惑い、それでもすぐに小首を傾げてわずかに俯いてみせた。それを眺めて、ネムも無表情のまま、真似をする。
「そうです。で、菓子をどう思いました?」
ネムは顔を真っ直ぐになおし、阿近を見返した。
「心地よい、という表現が適切だと思います」
「そんなときはこんな顔をします……て、顔の筋肉がまだ適切に動かせないのか」
盛大にお菓子を食べて顔を綻ばせてみせる少女の前では、真似をしようとして顔を引きつらせているネムがあった。慌てて少女が手を伸ばし、ネムの顔をマッサージする。両手で顔を包まれて、ネムは無表情のまま動きを止めた。
「感情と表情との連結は時間がかかりそうだな」
阿近は眉間に皺を寄せ、再び頬杖をつく。その顔とネムの顔を交互に見て、少女局員は急に明るい顔をした。
「阿近さん、いいこと思いつきました」
「何だよ」
「ほら、現世の伝統芸能を参考にしたらどうですか。能狂言とか浄瑠璃みたいなのなら、顔の角度や仕草だけで感情を表現するっていうし、歌舞伎のオーバーアクションも使えると思うんですけど」
「……ああ、あれか」
阿近の眉間にさらに深く皺が刻まれた。それを見て少女は首を傾げた。
「名案じゃないですか?」
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11月18日(日)
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