ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■08 がらくた
 ネムの返事を確認して、阿近は扉を、マユリが出ていった扉の反対側にある扉を開けた。その奥には薄暗い小部屋がある。換気用の小さな窓一つしかないその部屋は、治療を終えたあとのネムが休息する為の寝台が一つ、置かれている。施術後、すぐに仕事に戻ろうとするネムを休ませるために阿近が準備したものだ。怪我の回復を早めるため、ということは黙ったまま、阿近はただ、動作確認などを行うのだから施術室で休んでいてくれた方が都合がいい、とマユリに述べた。それにマユリも納得し、この小部屋が与えられている。
 阿近は扉を開けたまま、ネムが横たわっている施術用の寝台の脚先にある車のロックを外し、ごろごろと寝台ごとネムを小部屋へ連れて行く。そして、血と液体でうっすらと汚れた薄布を取り払い、肩の傷に触れないようにそっと、露わになった裸体のネムを抱き上げようと手を伸ばした。
 ひたり、とネムの二の腕と太腿の肌が阿近の手のひらに接する。
 抱き上げるとその体はいつも通りに軽い。ネムの小さな頭は阿近によせられ、その微かな重みが胸にかかる。
 幾度となく繰り返された行為で、阿近はその度に、マユリは不必要なほどのきれいな体を造り出したものだと思う。ネムの肌はきめ細かいためか、阿近は肌が手のひらに吸い付くように感じる。ネムの裸体を裸で抱きしめたら、ひたりと吸い付いて皮膚が一緒になってしまうのではないかと阿近は思い、そして苦く笑う。阿近に肉欲はない。ただ単純に、美しいものを造り出す、その傍らにいてその手伝いをしたそのことを喜ばしく思うだけで、その喜びに苦いものが沸き上がるだけだ。
 眠る為の寝台にネムを横たえ、阿近は結ってあるネムの髪をほどいた。ぱらぱらと赤黒い粉が剥がれ落ちて白い敷布に散らばる。ネムの血で汚れた髪は、傷の再生が終了するまで洗ってやれない。阿近は小さく溜息をついて、変に硬く固まっている黒髪を邪魔にならないように枕の上に流し、敷布を手で払った。
 ふいに、ネムが傷のない方の手を阿近の胸に伸ばした。
 ネムの手は埃を払うように動かされた。阿近は自分の胸を見る。白衣の上に細かな赤黒い粉がついていて、ネムの手はそれを払っていた。
 阿近は小さく、溜息をついてその小さな手を握る。
「申し訳ありません」
 淡々とした、しかし呟くような小さな声でネムは言った。阿近は手を握ったまま、首を横に振る。
「いいんです。あんたは気にしないでいいんです。こんなこと、気にするようなことじゃあない」
「でも、白衣を汚してしまいました」
「白衣は汚れるためにあるんでしょうが。それにこれは、汚れですらない。乾いていて払えば落ちるんですから」
 そう言って阿近はネムの手を戻し、自分の手で乱暴に血の粉を払い落とす。そして足下に畳んである清潔な布と毛布をネムに被せた。
「いつも、ありがとうございます」
「……いいから、よく寝てください。それが今のあんたの仕事です。あとで、起こしにきます。傷がきれいに塞がって、動作に支障がなかったら風呂に入っていいですから」
「はい。よろしくお願いします」
 阿近の言葉に忠実に、ネムは硝子玉のような大きな眼を閉じる。それを見下ろして、阿近は背を向けた。手のひらには抱き上げたときの滑らかな肌の感触が残っている。それを消すかのように手のひらを白衣でぬぐい、阿近は小部屋の扉を閉じた。







 オチはありません。思い浮かんだだけのお話。
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11月08日(木)
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