ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■05 後ろ指
「……何も、アナタをここに引き留めてはくれないんスね」
 夜一はひょいと上体を浦原に寄せた。覗き込むように浦原を見上げる。金色の視線が前髪の奥に隠れている浦原の眼を捕らえた。
「選び取るものを儂が見誤ることはないぞ。後悔しないとは言わぬ。迷いがないとも言わぬ。しかしそれでも儂の目を曇らすものはない」
 しなやかな腕を伸ばして、夜一は俯き加減の浦原の頭を撫でる。褐色の指が鳥の子色の髪に埋もれて、さらさらと音を立てた。
「世界を危機に陥れるものまで造り出すほどに才があり、愚かしいおぬしを助けてやれるのは儂しかおらぬわ……もっとも、儂は姫育ちゆえ、日々のことでおぬしを具体的に助けるのはテッサイじゃがな。今から言っておくが、儂は炊事も裁縫もしたことはないし、するつもりもないぞ。覚悟しておけ」
 にやりと笑みを含んだ声で囁きながら、夜一はゆっくりと髪を梳くようにして浦原の頭を撫でている。ときおり、くしゃくしゃと髪を掻き回しては、再び梳かすように一定方向に手を動かす。その手に全てを委ねるように浦原は眼を閉じた。
「おぬしは気に病むな。これからのことを考えろ。儂は己でこの道を選んだ。儂のことを考える必要はどこにもない」
 夜一の声に耳を傾けたまま、俯いて浦原は口を引き結ぶ。二人を包むかのように、開け放たれた窓からは闇の匂いを重く含んだ風が流れてきている。浦原と夜一の間に漂うお互いの体温で温められた空気がゆるりと押し流された。
 俯いた浦原の眼には膝におかれた自分の骨張った手が映っている。その手は、固く握られている。
「……あのご夫婦には最後まで迷惑かけたままでしたねェ」
 浦原の呟きに、夜一は目を伏せた。浦原の髪から手を離し、両手であぐらをかいている自分の足首を掴む。
「お元気なんでしょうかねェ。ときどき、こっそりテッサイに食料や衣類を持って行かせているとはいえ、もうお仕事も辞めてのんびり余生を過ごすだけだったご夫婦に、戌吊に行けと、行って、食べなければ生きていかれない赤ん坊を育ててくれと頼んでしまって」
「……半月ほど前に、こっそり様子を見に行った」
 夜一は低い声で言った。浦原が顔を上げた。
「もしかすると今生の別れかもしれぬと告げた。あの娘も預けたままになる、おぬしらを瀞霊廷に戻すこともできぬやもしれぬ、とも。いくら詫びても足りぬのに、奴らは笑って許してくれたわ。子供ができなかったゆえ、おなごを育てられることは楽しいと」
「ご夫婦は泣かれたんじゃないですか。昔っから夜一サンをかわいがってくれていたじゃないっスか。庭で遊ぶアタシ達を、庭木をダメにしても池を壊しても許してくれて……一緒に直させられましたけどね」
 昔のこととなった光景を見るように遠い目をして小さく笑う浦原に、夜一もまた小さく笑みを浮かべた。
「あ奴らは儂が産まれる前から儂の家に仕えていたゆえ、儂とおぬしのいたずらを全て見ていたからの。その度に説教はするが笑って許してくれていた、本当に気の良い夫婦じゃった……それゆえ、儂らから赤子を託されたのだがな。それも……崩玉をその身に隠した赤子を、のう」
「そう言えば、あの娘さんを預けたときに散々訊かれましたっけねえ。本当はアタシと夜一さんの間に出来た赤ん坊じゃないのかって。多分、今でもそう思ってらっしゃるかもしれないっスよ」
 思い出し笑いをして言う浦原の声は、沈んでいた。一緒に笑う夜一もまた、肩を下げて溜息混じりに笑っている。
「ふふふ。どちらにも似ておらぬから、もう思ってはおらぬじゃろう。それでも、任せておけと胸を叩いておった。そして涙ぐまれたが、笑ったまま儂を見送って……儂は最後まで本当に甘えてしまったな」
 横に首を振り、夜一は膝を抱えて顎を乗せる。
「……あの娘の様子は遠くから見た。裏の広場を一人で元気に駆け回っておった。霊力も日々高まっているらしい」
「崩玉を取り出してやりたかったっスね」

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11月05日(月)
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