ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■地上の縁からのぞき込むと深遠の青が底もなく 9
「尾行ばっかりの人、家柄自慢の人、集団で逃げられないようにしてきた人、愛用品を盗もうとした人、寮に忍び込んで退学になった人……ここ最近のありがたくない人はこれくらいかな」
指折り数えるスミレは、そう言って苦笑した。
「あの退学になった人はさすがに気の毒だったけど、でも忍び込まれたときはホントに驚いたからねえ」
暗い窓に男の影を見たときのことを思い出して乱菊も苦い笑みを浮かべた。ギンではない気配に乱菊もさすがに驚き、咄嗟に霊力の塊をぶつけてしまったのだった。
「それでも乱に来る男は、マトモな奴もいるじゃない。乱は彼らをことごとくふっていくからなあ。もったいない」
「もったいないって、あんたねえ」
ツワブキの言葉に、乱菊は盛大な溜息をつく。そして背もたれに寄りかかり、深々と椅子に体を沈めた。肩胛骨の下あたりまで伸びた山吹色の髪が散らばる。
「あたしは、恋愛はどうでもいいよ。別に必要ないもの」
「若者とは思えない意見だなあ、乱」
「いいの。これまで必要になったことなんて一度もないわ」
「恋って必要に迫られてするものじゃなくて、落ちるものだと思うけどね」
リンドウが乱菊を覗き込むようにして言う。乱菊は唇を尖らせた。
「なら、あたしには落ちるための穴が開いていないのね」
そして多分、その穴を埋めたのは恋ではない別のものだ。乱菊は心の中で呟いた。脳裏をかすめる遠い銀色。もうその穴をそれと違うものが埋めることはないだろう。乱菊は苦く笑う。
振り切るように、乱菊は伏せていた眼を上げてリンドウを見た。
「あんたはどうなの。落ちてないの、恋に」
リンドウは両手で口元を隠す仕草をした。淡い桃色に塗られた爪が光った。
「……落ちてるのね」
「そんなことないよ」
「嘘。誰? 相手は」
ツワブキが身を乗り出してリンドウを覗き込む。リンドウは小さく笑う。
「人の話になると急に元気になるんだから」
「いいから、ねえ、だあれ」
「秘密」
リンドウは両手を膝の上に戻して、姿勢を正して囁いた。ツワブキが不満の声を上げる。
「まだ自分の気持ちがよく分からないの。それに、多分、ふられちゃうから」
小首を傾げてリンドウは笑う。乱菊はその笑みを眺めながら、なんとなく気づいていた。知らず知らずのうちに乱菊は眼を伏せた。
ギンはうんざりと溜息をついた。
目の前では神経質そうな細い少女が金切り声を上げてギンを罵っている。そんな言葉では傷つくことすらできず、ただギンは退屈の欠伸を噛み殺していた。人気のない教室で良かったとギンは天井を見上げる。誰もいない教室は春の暮れの光に満ちていて、どこか輪郭がぼやけている。その中で一人、少女が異質な尖った声を上げている。廊下にこの声は響いているだろうと思うと、ギンは更に投げやりになった。
「どうして何も言ってくれないの」
少女は涙を浮かべた目ですがるように言う。まとわりつく響きに、ギンは眉をひそめ、そして薄く笑った。
「ボク、君に言いたいことなんぞ一つもないわ。君が勝手にボクに寄ってきただけやないの」
「……ひどい」
少女の顔がさっと白くなった。ギンはわかりやすく溜息をついてみせた。
「だって、お付き合いしてくれるって」
「言うた覚えない。ただ、好きにしたらええて言うただけやないの。それをどう聞き間違えたらそうなるんやろ」
酷く温度の低い声で言い放ち、ギンは上っ面の笑みのまま息を吐く。少女の戦慄く唇を眺めながら、乱菊はこういう真似をしたことがないとぼんやり思った。こういった感情表現をせざるを得ないのが色恋沙汰ならば、自分と乱菊は色恋を知らないのだろうと思い、柔らかな山吹色を思い出してギンは自然と微笑んだ。
その微笑みを勘違いしたのか、少女がギンの腕にすがりつこうとした。目の前のことに引き戻されたギンは静かにその細い手を外し、顔を近づける。
「触れるんを許した覚えないで」
少女の目がゆっくりと瞬き、大きく開かれた。ギンはその奥に怯えの色が浮かんだことを確認する。わざとらしくギンは笑い、そっと少女の手を離すと教室の扉へ促した。
「もう帰り」
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06月12日(月)
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