ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 10
 乱菊はギンの細い眼から視線を外さない。いつもと同じようにギンは笑っているけれど、その笑みはいろいろなことを自分に隠してきたことを乱菊はいやというほど知っていた。
 けれどギンはただ笑っている。
「本当や。そない怖い眼ぇせんとって」
「なら、どうしてあたしを避けていたの」
「いつ」
「試験が終わったときとか、結果発表のときとか」
 乱菊は諦めずに食い下がった。わずかにきつく細められているその眼にはまだ涙が残っている。乱菊は零れそうになった涙を拭おうとしたが、その前にギンの指がその涙を掬い取った。
「ああ……そうやなあ。ボク、乱菊に言っとくことあるんやったわ」
 その指を舐めて、乱菊から視線を外し、ギンが呟いた。
「こっから先、ボクら、関係ないことにしよか」
 ギンはまっすぐに前の壁を睨んでいた。横で乱菊が息をのむ気配がしたが、ギンは視線を動かさなかった。部屋の中が静まりかえった。どこかの部屋から数人の嬌声が聞こえる。窓の外で木々がざわめく音がする。けれどこの部屋の中の空気を揺らすことはない。滞った空気が重くのしかかる。
「どういう、こと」
 震えを押し殺した声で乱菊はギンに訊いた。鋭い視線をギンの横顔に向ける。いっそのことそれが刺さればいいと思う。それでもギンは乱菊を振り返ろうとしなかった。
「どうもこうもあらへん。ボクら無事に流魂街抜け出したやろ。ここなら安全に生きていかれるわ。一人でも」
「……だから、何? それでどうして、あんたとあたしが関係ないことにしなきゃならないの」
 乱菊は辛抱強く訊いた。膝の上で両方の拳を握りしめる。その指の先は白くなり、力を入れすぎて震えている。
「そのほうがええよ」
「答えになってないわ」
「無関係で、仲良うせんほうがええって」
「あたしには、その良さが全くわからないわ」
「ほな、ボク、はっきり言うわ」
 ギンがやっと乱菊を振り返った。その笑みを見て乱菊は更に表情を険しくする。いつもと同じように見えるそれは、何かのお面のようにギンの表面に貼り付けられていた。薄っぺらい、動かない笑みのギンが口を開く。
「二人でやってくの、もうめんどいわ。一人の方が気楽やし。ここで暮らすんなら、乱菊も一人で平気やろ。周りの誰もボクらを知らん。ちょうどええさかい、ここで無関係にしよ。乱菊も自由や。好きにすりゃええ」
「……そんな言葉を、信じろって言うの」
「そうや」
「無理。あたしには全く信じられないわ」
「信じんでもなんでも構わん。明日からボクら、知らん人同士や」
「冗談じゃないわ。せめて、もう少しマシな説明して頂戴」
「マシて……」
 ギンが声を出して少し笑う。動いた横顔を見て、これはギンにとって面白かったんだなと乱菊は思う。動くのなら、なら、動け。乱菊は畳みかける。
「あんたは、あたしに何も言ってくれない。いつもそうよ。いつだってそうだったわ。でもね、あたしにだって分かることもあるのよ。あんたに起きた事や考えてる事は分からなくても。言ってみなさいよ。もっとマシなことを。あたしが何も分からなくて、全て鵜呑みにすると思ったら大間違いよ」
 ギンはおかしそうに笑っていたが、それでも乱菊から顔を背けた。微笑んでいても眼の奥は決して笑わず、頑なに、目の前を、もっと遠くを見ている。
「そうやなあ。別に、これまでも散々ボク一人で出ていっとったさかい、納得いく話や思うたんやけどなあ……だって、そうやろ。ボク、勝手に一人でやってきとってん。出ていって、ただ気紛れで戻ってきてただけやし。もうええやろ。乱菊も、一人でやってけるわ」
「それはさっきも聞いたわ。あたしが訊きたいのはそんなことじゃないわ」
 乱菊は自分の体がどこかに吸い込まれそうな気がしていた。どこか虚ろで現実味がない。ただ目の前のギンだけが、確かに、存在感を持って、わけのわからない話をしていた。八十地区を出たときに交わした言葉がとても遠い。けれど、乱菊はあのギンの言葉を、声を疑うことはできなかった。微かに震えた深い声のあの響き。ずっと一緒だというあの言葉。
「あんたは、あたしを気紛れで拾って、気紛れでただ一緒にいただけなの」

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04月26日(水)
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