ID:104863
G*R
by K・カヲル
[120055hit]
■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 3
何か、自分の名前らしき言葉を叫んだのが聞こえた。
駆け寄ってくる乱菊に向かって、ギンは走り出した。乾ききった自分が急速に潤うのが分かる。周囲の風景が途端に色鮮やかに感じられるのが分かる。焦がれて灰になりそうなほどの、その乱菊の姿がどんどん大きくなってくる。
ギンが自分に向かって走ってくる。その顔は珍しく満面の笑顔で、乱菊は怒っているのも忘れて笑ってしまった。半年。半年も離れていたのは初めてだ。近づいてくるギンは少し大人びたようで、乱菊は走りながら気恥ずかしくなってきた。そんなことは初めてで、乱菊はぎゅっと手を握る。
「この大馬鹿者!」
抱擁しようと腕を広げたギンの懐に入り込んだ乱菊は、抱きしめるより前にみぞおちに拳を埋め込ませた。ギンが呻いて、前のめりになる。
「ら……乱菊、突っ込み上手なったんやなあ……」
「他に何か言うことはないのかこの大馬鹿者!」
ギンは両腕でお腹を抱え込んでいたが、乱菊を見上げ、とろけるように微笑んだ。乱菊は真っ赤な顔をして、涙をこぼさんばかりにしている。最近の乱菊はギンを出迎えるとき、泣かなくなった。けれど泣くのを堪えているだけなのか、眼にはいつも涙が浮かんでいる。今も、乱菊は複雑な表情だ。
「あんたが半年もいなかったせいで、あたしはたいへんだったのよ!」
「どうしたん」
「……煩いのよ。男の人が」
言いにくそうに俯いて言った乱菊を見て、先程の光景を思い出して、ギンはああと頷いた。
「虫寄ってきてるんか。乱菊べっぴんさんやさかい」
「ああそうよあたしのせいよもう嫌! 鬱陶しいったら!」
自棄になって乱菊は言った。ギンが目の前にいると、張りつめていた自分が緩やかになっていくのを乱菊は感じた。先程の不快感もすでになかったが、乱菊はギンにはなんとなく訴えておきたくなった。
「あんたがいなかったからよ」
「それは堪忍なあ」
ギンは背筋を伸ばすと乱菊の前に立った。乱菊は少し違和感を感じて、それがギンとの目線の差であることに気づく。ギンは背が伸びていた。以前は鼻の頭が自分の目線だったのに、今は薄い唇が目の前にある。自分も背は伸びているのだが、それでも差が大きくなるくらいに会っていなかったのか。
乱菊は腕を伸ばし、背伸びをしてギンの頭を抱え込んだ。
「ギン、おかえりなさい」
少しの間、無言になったギンは僅かに身を屈ませると、両腕を乱菊の背中にそっと回した。その細さに、しなやかさにギンは驚いた。会っていない間に、乱菊はまた綺麗になっている。
「ただいま」
乱菊の肩に顔を埋めると、いい匂いがした。その香りで全身がそのまま溶けてしまうようにギンは思う。そしてなんとなく口をついて出た。
「一緒に死神になろ」
「……はい?」
乱菊がギンを引きはがし、見つめてくる。大きな瞳が見開かれている。しかしギンも驚いていた。言葉にするまで、ギンはそんなこと考えてもいなかった。
「どういうことなの、ギン」
突然のことに乱菊は驚いていた。
しかし目の前でギンもまた、狐に包まれたような顔をしている。
「あ、えーと、ちょい待ち。ボクもようわからへん」
「わからへんって……あんた、考えて喋ってる?」
「いや、あんな、確かにボク、いつか一緒にもっと数字小さい地区行きたいなあとは思っとったけど」
言い訳するようなギンの言葉を聞いて、乱菊は更に驚いた。あまりの衝撃に声も出ない。驚くと声が出ないって本当なんだ、と頭の片隅で冷静に思うくらいに驚いていた。ギンが、常に一人で自由に出ていってしまう彼が、自分と一緒に行こうと考えていたことなんて、長い年月一緒に暮らしてきた中でただの一度も聞いたことはなかった。
呆然とする乱菊の沈黙を怒りと勘違いして、ギンは慌てて懸命に言葉を繋ぐ。
「乱菊と出会った頃に芸人さんの集団と会うたやろ。その用心棒のおっさんが言わはったんや。死神なればええやんってなあ。暮らし楽なるし、チカラ役立つし。確かにええなあって思うとったんよ。そやけど、そこ行くまでが難しいやろ。そやさかい忘れてたんやけど、ふいに思い出したんか、ついぺろっと」
「……あんたそんなに軽くぺろっとなんて」
[5]続きを読む
03月22日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る