ID:104863
G*R
by K・カヲル
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■絶対的な響きをもって鐘の音は時を告げた 1
ひとりぼっちで家に佇み、溜息すらつかず、当たり前のようにそこを去っていくギン。おそらく落胆すら上手にできなさそうな、寂しさにすら気づけなさそうなギンを想像して、乱菊は身震いする。ギンは帰ってこないかもしれない。それでも自分はここにいよう。待つことに飽きないように嫌にならないように、乱菊は一人の生活を楽しむようにしながら、一人の暮らしを続ける。ギンは出ていくときには必ず住処を集落の傍にしたから、乱菊は本当の一人きりになることがなかったことも大きかっただろう。人は、たった一人で生きていくのは難しいものだから。
ただ、乱菊も一人の夜に、たとえば嵐の夜だったり、たとえば音のない雪の夜だったりするときに、自分は捨てられたのかもしれないと不安に潰されそうになることもあった。もしかしたら疎ましいのかも、邪魔なのかもと想像し、あの日、ギンは自分をただ気まぐれに拾っただけなのかもとすら思ったこともある。
そういうときには必ず、もうかなり昔に会った、大道芸人の女の言葉がふと頭に浮かぶ。そして思い出す。ギンは自分のためにいつも必死だった。何を必死にしているのか、見せてくれることもあれば隠していることもあったけれど、その必死さを乱菊はきちんと感じていた。そして乱菊は思う。もうギンは帰ってこないかもしれないけど、それはギンの考えでは自分のためになることなんだろうと。そして一人で苦笑する。あたしは、一緒にいることが一番なんだけどね。
まだ帰ってこないのかな。もう帰ってこないのかな。
芽吹いてきたであろう山菜を採るために森に入っていた乱菊は、中腰で摘み取るのに疲れて倒木に腰掛けてぼんやりしていた。前回、ギンは四ヶ月くらい帰ってこなかった。それはもう一年以上前のことだが、確かに、一つの季節分だけいなかったはずだ。ならばまだ帰ってこないだろう。まだ三ヶ月しか経っていない。乱菊は頬杖をついて、溜息をつく。四ヶ月過ぎたら、帰ってくるかこないか、考えよう。今は帰ってくることはないから。
森の中は風もなく、木々の吐く息でしっとりと湿っている。薄暗く、緑がかった空気に包まれて乱菊は少しだけ寂しさを感じていた。
何も考えないように、僅かにのぞく空を流れる雲を眺めていると、遠くの方で人の足音と小枝の折れる音、小鳥が飛び立つ音がする。この気配はおそらく、外れに住んでいる乱菊によく親切にしてくれる夫婦の奥方だろう。そのままの体勢でいると、予想通り、やがて木々の間に、腰まである黒髪を後ろに結った女が見えた。今日は紬の着物を着ている。
ここでの暮らしは決して楽でもないが、この女はいつも清潔にきれいにしていた。それは集落が、集団として機能しているからできることだろう。乱菊が現在暮らす集落は、霊力を持つ者や腕に自信のある者が集落を守り、戦えない者はその他の生活をまかなうための全てを行っている。余所者が加わることを好まない傾向はあるが排他的というほどでもなく、十数軒という人の少なさもあって、人々の仲は良好だ。乱菊はギンとともに半年ほど前にこの集落の外れに移り住んだが、特に邪険にされることもなく、霊力の強い二人はどちらかというと歓迎されて仲間に加えられた。ギンのいない今、一番家の近いこの夫婦が、乱菊をかわいがってくれている。奥方は、昔に死んだという妹を、乱菊に重ねてみているのかもしれない。
「乱菊ちゃん。休憩中?」
奥方が現れて、柔らかい声で問う。乱菊はにっこりと笑う。
「うん。まあまあ採れたから、少し休んだら帰ろうと思って」
「ああ本当ね。春になったわ」
奥方は乱菊の隣に座った。
「そういえば、商人がやってきていたわよ」
「商人?」
「ええ、胸板分厚い護衛をたくさん連れていたけど」
「なんでまたこんな地区に」
「……商売じゃなくて、人買いじゃないかってみんなで話してる。逃げ出したい人はたくさんいるでしょうから」
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03月03日(金)
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