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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「敵」


77歳の一人暮らしの男性の日常を描いていた作品。鑑賞した日は少々寝不足気味で、淡々とし過ぎて眠くなったらどうしよう?と思っていましたが、これが面白過ぎて、寝る暇一切無し(笑)。モノクロの画面が陰影深く、幻想的な雰囲気を盛り上げています。監督は吉田大八。

77歳の渡辺儀助(長塚京三)は、元フランス文学の大学教授。20年前に妻(黒沢あすか)に先立たれた彼は、古い家に住み、規則正しい生活を送っています。教え子たちの訪問を楽しみに、時々原稿を書いたり講演したりと、日々過ごしている儀助でしたが、ある日パソコンに、「敵が来る」と、メールが来ます。

前半は「 PERFECT DAYS」を思わす、ルーティーンの毎日を丁寧に暮らす独居老人の姿を描きます。特に毎日自炊して、家事も万端行っている事に驚愕。私は20年以上以前ですが、内科のクリニックで受付していました。74歳の大先生(若先生も居た)は、「お爺ちゃんが先に死ぬと、お婆ちゃんはそら生き生きしてな、5年も10年も長生きするけどな、男が残るとあかんな。早くて半年、まぁ2年で死ぬわ」と仰る。時代もあるけど、今もその傾向は強いと思います。

我が家を鑑みても、大先生の言う通りだと思う。そう思うと妻を亡くして20年、詫び寂びのある儀助の暮らしぶりは、何だか癪に障る(笑)。亡き妻はどう思っているのかな?

年金とその他の細々した収入と貯金から、死ぬまでの年月を逆算する儀助。当初は美しく円熟した暮らしに見えましたが、同じ教え子なのに、会話するだけの靖子(瀧内公美)にはディナーを振舞い、椛島(松尾諭)は、何くれとなく用事を手伝い、力仕事までしてくれるのに、お茶だけ。自分に仕事をくれる出世した教え子には、茶菓子とコーヒー。一見同じように接しているように見えますが、差をつけている。なかなか嫌らしい爺さんだわ。心の中が透けて見える小道具の使い方が、絶妙です。

そしてデザイナーの湯島(松尾貴史)と連れ立って行くバーに、フランス語を専攻する大学生の歩美(河井優実)を知ると、彼女目当てに足繫く通うようになります。鼻の下を延しながら、靖子と歩美を行ったり来たりしながら、亡き妻まで思い出す。もう性交渉は遠のいているはずですが、外からは伺い知れぬ煩悩満タンの様子が生臭く、男性の本能を突いているようで、面白いです。

急に妻の古いコートを出してきて、匂いを嗅ぐのは、若い二人と接触して、妻との思い出が蘇ったのでしょう。その内容は多分セックス。幻の妻と、生前叶わなかった、一緒にお風呂に入るシーンが好きです。靖子を想い夢精までするのに、妻はやはり特別なのでしょう。

身嗜み良く清潔感に気を配る儀助。それは、まだ女性を意識しているからだと思う。弛んだ身体を晒しながら儀助がシャワーするシーンが秀逸。高齢男性の老成したダンディズムを、老いた裸体で語らせるなんて、なかな思いつかないです。

しかし、その色気のため、儀助は墓穴を掘る。まんまと金銭を巻き上げられ、老後資金の目減りを切欠に、段々不安が広がって行ったのでしょう。「敵」とは、観る前に予想していた通り、「老化」だと感じます。段々と荒唐無稽になっていく儀助の妄想は、彼のひた隠ししていた、自分の恥部が露になって行きます。「これは夢だから大丈夫」という儀助の台詞もあり、これが認知症なのかどうかは、私には判りません。ただ、儀助が今まで努力して作り上げていた「自分自身」が壊れていく、儀助の恐怖は感じます。壊れていく過程で、あんなに丁寧に作っていた食事が、段々雑になっていくのが印象的でした。


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01月26日(日)
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