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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ドント・ウォーリー」




障害を負った青年が、その事が転機となり、自堕落な人生から豊かな人生へと大転換する、「良いお話」です。ありがちな設定ですが、一つ間違うと平板に感じてしまう内容が、作り手の繊細で情感豊かな語り口で、心が満たされていく秀作です。実話であるのも、強力な後押しです。監督はガス・ヴァン・サント。

深刻なアルコール依存症の青年ジョン(ホアキン・フェニックス)。あるパーティーで初めて出会ったデクスター(ジャック・ブラック)の飲酒運転の車に乗り、事故に遭います。デクスターはかすり傷で済みましたが、ジョンは車椅子を余儀なくされます。絶望して更に依存症が加速するジョン。しかし、断酒のグループセラピーの主催者ドニー(ジョナ・ヒル)や、恋人となる美しいアヌー(ルーニー・マーラ)との出会いが彼の転機となり、漫画家となる夢を持ち始めます。

アメリカの実在の風刺漫画家、ジョン・キャラハンの伝記映画です。彼の事は知りませんでした。かなり辛らつな作風なのですが、絶妙なユーモア感ある。私が思わず笑ってしまったのは、「黒人で盲目ですが、歌は歌いません」。ジョンの下には、賛否両論のコメントが寄せられたそうですが、さもありなん。私が笑ったのは、もちろん差別を嘲笑したのではありません。これ、スティービー・ワンダーの事でしょう?黒人だからって盲目だからって、みんな歌が作れて上手いわけじゃないんだよ、と言う意味に取りました。ある意味これも偏見だから。

解りづらかったのは、「工事現場の警備はレズビアンが最適だ」の作品。解説は「レズビアンは男要らず。男を必要としない女を、男は恐れる」でした。お見事な風刺!かように、一見下劣で毒舌のようですが、鋭い感性と知性が隠されています。私も真意を解らず、中途半端に批判している時もきっとあるなぁと、自分を省みました。ジョンは「恥を知れ!」と罵る老婦人に、笑顔で対応します。自分の中で、ぶれがないからでしょう。

作品中アメリカの障碍者の状況が出てきて、興味深かったです。住み込みのヘルパーがいること。これが悪人ではないのですが、かなりいい加減な青年。月収があれば少なくても補助金から引かれる事。日本なら障碍者年金ですが、枠がありそれから出なければ引かれないはずです。この補助金は、税金からの生活保護費のようなものなのかも?自損事故の同乗者が障碍者になった場合、日本なら相応の保険金が下りるはずですが、それも出てこない。

医療のバックアップも違いがあります。普通のリハビリの他、性的維持に対して力を入れている事。セラピストは「私は勃起させるためにいるの」と仰る(笑)。もちろん医学的な見地からのアドバイスで、直接手を貸すわけじゃない。性生活が出来るか否か、人生に深く関る事だとの認識があるのでしょう。

アヌーも当初はコーディネーターかと思いましたが、それにしては服装が自由過ぎ。再会時には生業はCAで、想像ですが、ボランティアで話し相手として派遣されたのかなぁと思います。アヌーの「ハンサムさんね」「あなたのこれからの人生は、もっともっと素晴らしいものになるわ」の語りかけが、ジョンに一筋の光明をもたらします。やっぱりこの台詞は、美人に言われるのに限るね(笑)。

ドニー主催の断酒会の面々が個性的です。この存在感たっぷりのふくよかな女性は?と、目を凝らしてみると、これがベス・ディットー。過激な出で立ちの彼女しか知りませんが、極々普通の女性を演じているのに、辛らつですが暖かなオーラが出ていてました。何気に私の好きなウド・キアもいましたが、台詞は少なくても、そこにいるだけで存在感たっぷり(笑)。他の面々の話しも、過去の話をすることで、前に進みたい意思を感じます。

斜めに構え、全てを運の無さのせいにするジョンに対し、ドニーが畳み掛ける問答が素晴らしい。ジョンが何故自己肯定が低いのか、何故依存症になったのかが、解明されます。自分でも解っているはずなのに、露になるのが怖いのです。この問答は、誰が相手でも成立するわけじゃない。自分も人が知る以上の葛藤を抱えるドニーであるから、ジョンの胸に響いたのでしょう。


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05月12日(日)
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