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ケイケイの映画日記
by ケイケイ
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■「ロング、ロングバケーション」


これも素晴らしい!どんな絶望的な状況でも、笑って泣いて怒って、普通の感情を抱えていいのだと、教えてもらえました。長く結婚生活を送っている人には、とてもとても滋味深い作品。妻として様々な感情を、大いに刺激されました。監督はパオロ・ヴィズリイ。

結婚生活50年のジョン(ドナルド・サザーランド)とエラ(ヘレン・ミレン)夫妻。しかし現在ジョンは認知症を患い、エラは癌で闘病中です。エラが入院すると言う当日、夫妻は二人の子供たち、ジェーンとウィルに無断で、思い出のいっぱい詰まった大型キャンピングカーで、旅行に出かけてしまいます。目的は大学で英語教師だったジョンが、長年行きたがっていた、ヘミングウェイの住んでいた家に行くこと。子供たちの心配をよそに、旅を楽しむ二人でしたが、様々な出来事が、二人を待ち受けます。

入院当日、逃亡した両親に、慌てふためき狼狽する娘と息子。生き生きとした母エラとの対照的な様子に、まずクスクス。そうよね、たまには親が子供に心配かけたっていいよね。エラみたいに、子供たちを困らせてみたいと私も思いました。

内容はロードムービーになっており、さながら珍道中の様相です。ジョンは所謂まだらボケ状態で、過去と現在を行ったり来たり。通常は夫と言うより、エラの手のかかる息子のようです。妻を置き去りにして車を出発させたり、ここに居ろと言われたのに、勝手に徘徊したりと、その度に大騒動。夫に振り回され、罵っては病気がさせているのにと、自己嫌悪に苛まれ、落ち込むエラ。

私が感慨深かったのは、居なくなったジョンを探している時、「あの人か?」と問われ、「あんな貧乏くさい男じゃないわ。彼はもっとハンサムで髭だって整えた紳士よ!」とエラが言うシーン。あぁ、奥さんだわね。髭を整えているのは、誰あろうエラのはず。身なりを整え、少しでも見栄えよくと願うのは、他人にはただの老人であっても、夫は彼女の中で、まだまだ自慢の人であるのだと思いました。

なのに時々夫に戻り、エラに初恋の男が忘れられないのだろう、そいつが一番で俺が二番か?俺は一番じゃなきゃ嫌だ!と、50年以上も前の事を言って罵ります。そうかと思うと、妻を認識出来ず、大昔のジョンの浮気が発覚。当然エラは激怒(笑)。どうお仕置きしたか、お楽しみに。

ドタバタ大いに笑わせながら、夫婦の50年間の歴史が、くっきり浮かび上がる脚本が秀逸。夜な夜な二人で見るスライドは、周囲のキャンパーにも好評で、行く先々で「お客さん」が来る。また私がほろっとしたのは、そのスライドのほとんどに、子供たちが映っていた事。私も早く大きくならないかと思いつつ、必死で息子三人を育てた日々が、今は本当に懐かしい。大変な事もいっぱいあったはずなのに、今は楽しかった思い出しかないのです(夫は違うよ)。二人にとっても、長い夫婦生活で、一番華やかで楽しかった時期だと、表していたと思います。

ケンカしたり笑ったりしている二人を観ていると、ついつい認知症と癌の夫婦だと忘れがちになるのを、再認識させるシーンの挿入も上手い。パンクに乗じて、強盗しようとする輩を、銃で撃退するエラ。護身の銃を持っているのに、何故夫には隠したのか?それは後でわかります。妻の初恋の相手が意外な人で、流石は我妻と褒め称えたのに、真逆な人物にエールを送るジョン。思考が混濁する姿が、とても哀しい。そして数度の失禁。エラは痛みを堪え、最後まで夫の世話を焼く姿は、妻のプライドに溢れていました。

優秀な姉に、そうでもない弟。親に対する思い方の違いも、どこの家庭にもあることです。僻む弟に、クールな姉。しかし親を思い、姉が涙する場面は、彼女と共に泣きました。心配してガミガミ母に言う息子に、怒って電話を切ってしまうエラ。この場面も大好きです。


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01月29日(月)
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